第29話 優衣ぴょんの戦う理由

***


 どくどくと地面に流れ出ていく血を感じながら、グラヴェル・ドレイヴンに切り刻まれた激痛を確かに感じていた。

 この悶えるような激痛が僕がまだ生きていることを証明してくれる。

 一瞬すらも気が遠くなるように感じる中で、遠くから僕を呼ぶ声が聞こえた。


「――佳那ちゃん!急いでありったけの止血材を頂戴!」

「止血材じゃこの量はどうにもならないよ!一秒でも早く治癒師に見てもらわないと」


 微睡の中、佳那ちゃんが僕をカナリアに詰め込んで献身的に治療して、優衣ぴょんが必死に流動食を詰め込もうと悪戦苦闘しているのをされるがままの状態で過ごす。

 取り出してきた流動食の大部分を僕の口に注ぎ入れると僕も指一本動かせなかった状態らだんだんと余裕が生まれてきた。

 両足を切り落とされてしまい、要介護者である僕を慣れない様子で看病してくれる二人を尻目にパラレルワールドから元の世界へ修正されていく様子を眺める。


「亜樹、おめでとう。まさか一人で刀を抜いたグラヴェル・ドレイヴンを倒すなんて」


優衣ぴょんが僕の髪を撫でながらやさしく語りかけてくれる。


「……強かった」

「そりゃそうだよ。変な例えになるけど、グラヴェル・ドレイヴンは英検で言うところの準一級クラスの強さなんだから。B級とA級の脅威度の差はかなり離れてるの。グラヴェル・ドレイヴンは中間の指標がないからB級でくくられてるけど、正確にはB+ってところかな」


 優衣ぴょんが身振り手振りを交えながらどれだけすごいかを教えてくれる。


「僕もこの夏で強くなったんだ」


 優衣ぴょんの嬉しそうな様子を見るだけでこの夏頑張ってきたかいがあったと思えてしまうから美人は徳だ。


「ふふ、ずっとすごい早さで強くなってるって言ってきたじゃない」

「てっきり優衣ぴょんはただお世辞で言ってるものだと思ってた」

「私の言葉はほとんど本音しか言わないんだからもっと信用してよね」


 佳那ちゃんは僕たち二人だけの世界に居心地を悪くしたのか『守煌機カナリア』を操作することに集中してしまっている。


「僕たちの標的って一応カルナクスの螺旋なわけでしょう?僕ってどれくらい戦えるようになれたかなぁ」

「……カルナクスの螺旋……ね」


 会話の中で間を作らないために適当に放った言葉ではあるが、これが優衣ぴょんにいやな間を作る。


「優衣ぴょんって十年前に起こった大災害を引き起こしたスターダストと戦うために仲間を探してるわけでしょ?」

「そうね。私は直接見たことがあるわけじゃないから推測することしかできないけど、当時の被害情報から言うと、正面から戦ったら十秒持たないと思う」


 優衣ぴょんの苦々しい表情から十秒持たないという表現はむしろ僕に気を使っていることが読み取れる。


「もちろん。私がその場にいたらもっと戦えるようにはなると思うけど、それでも絶対に勝てないと思う」

「優衣ぴょんはカルナクスの螺旋に何か因縁があったりするの?」


 出会ったときからずっと気になっていたことだ。

 仲間を集めるきっかけになったのもカルナクスの螺旋であるが、日々の訓練の中で何度もカルナクスの螺旋の名前が出てきた。

 年齢的に直接戦ったというわけではないと思うし、かなり昔の話だ。

 それにしては意識しすぎてるといえる。


「それは――」

「亜樹、何事も聞いていいことと聞いてはいけなくなることがあるんだぞ」


 優衣ぴょんが口を開こうとしたとき、僕の勘病を一通りした後は会話に入ってこなかった佳那ちゃんが口をはさむ。


「亜樹に悪意がなかったとしても、あれほどの被害があった話なんだ。少しは何があったか察することもできなくはないだろう?」


 佳那ちゃんは少し気まずそうに話をつづけた。


「いいよ、別に。亜樹は仲間だしね」


 優衣ぴょんは気にした素振りを見せることなくなんでもないかのように言う。

 そんな優衣ぴょんを見て佳那ちゃんは少し不安そうだ。


「一応言うけど、無理に聞き出そうとかそういう意図はないからね」


 一応、予防線を張っておく。


「いいよ。大した話じゃないし」

「そう?」

「うん。ただ、十年前の例の戦いに私の親戚一同が主導となって戦って、かなりの数亡くなっちゃっただけだよ」


 ――え?

 全然大した話なんですけど。

 うまく言葉を咀嚼することができずに口を開いたまま間抜け面を晒していると優衣ぴょんはさらに続ける。


「うちは結構、コスモスの中でも有名な家系で私の祖父がコスモス全体を率いる指揮官として戦って、すごい被害を出してしまったんだよ」


 話をそばで聞いている佳那ちゃんはすごく居心地が悪そうだ。


「ブラックコスモスの地位にいる御三家の能力のおかげで時間切れって形でカルナクスの螺旋を追い返すことができたけど、国が傾きかねないほどの被害を出した指揮官としてうちの一族はしばらく迫害されてたけどね」


 優衣ぴょんは遠い目をしてつぶやくように話す。

 とても気軽に言葉を紡いでいいような状況ではない。

 とても戦勝ムードとは思えない状況の中で僕は病院へ運ばれることとなった。




 優衣ぴょんに背負ってもらうことでコスモス指定の病院に連れ込んでもらう。


「優衣ぴょん、重くない?」


周りの人たちの注目を浴びながら受付を経ることなく看護師の人に案内されるまま進んでいく。

さすがの僕も誰もが振り向くような美少女に背負ってもらっているという構図は恥ずかしい。

羞恥心を誤魔化すように話を膨らませようと試みる。


「心配しないで亜樹、私だって弱いスターダスト相手なら能力なしで前衛を務められるくらい強いんだよ」


 先ほどの話から少し話しづらくはあったが、普通に話してくれるようで安心する。

 普通を装っているだけかもしれないが。


「それに亜樹は今、両足に左腕がないからむしろ軽いくらいだよ。エネルギーが枯渇に近い状況だしね」


 「おかげで周りの視線を集めてしまって恥ずかしいよ」と優衣ぴょんが続ける。

 死にかけるような目にあって、さらに重い話を聞くことになってセンチメンタルになってしまったのかもしれない。


「僕の命はもともと優衣ぴょんがいなかったらなかったようなものだから」


 なんだか恥ずかしいことを言ってしまった。


「急にどうしたのよ」

「僕がグラヴェル・ドレイヴンを一人で倒せるようになるまで強くなれたのは全部優衣ぴょんのおかげだよ。僕と優衣ぴょんが中心になってカルナクスの螺旋を倒そうよ」


 真剣な声音で囁くと優衣ぴょんがくすぐったそうにする。


「もちろん、私たちで倒すよ。ふふ――私が助けた命の恩はカルナクスの螺旋討伐の第一功をもらうことでチャラにしてあげる」

「そんなことでいいの?僕の命は尊いし、優衣ぴょん、損してるよ」

「――アハハ!確かにね。じゃあ、ずっと私の前で戦ってもらうよ」

「そう来なくっちゃ!」


 四肢をのうちの三本を失い、全身に深い傷を負った人間だとは思えない明るい声音で話していると周りの人たちから化け物を見るような目で見られる。


「武器に関しては私に任せるといい。亜樹の武器に関しては私が優先して面倒を見てやる」


 優衣ぴょんとの明るめの会話でようやく話しかけやすい雰囲気を醸し出すことができたようで佳那ちゃんが会話に、参加する。


「佳那ちゃん、佳那ちゃんのおかげでグラヴェル・ドレイヴンに勝てたよ。いい武器をありがとう」

「当然だ。私の武器だからな」


 佳那ちゃんがない胸を張って、鼻を高くする。


「佳那ちゃん、私の武器も優先して面倒見てくれてもいいんだよ」


 優衣ぴょんも冗談交じりで佳那ちゃんの善意に便乗する。


「お前はもう十分な量の武器を持ってるだろ!そんなにアクセサリーをじゃらじゃらさせやがって。成金趣味め!」





 コスモスの人間だからなのか、それともあまりに僕が急患だからなのか、すぐにコスモスの治癒師に見てもらえることとなった。


「ごめんね亜樹、ホントは私は亜樹の左腕が切り落とされた時に参戦するつもりだったのに………傷ついてる亜樹を見ながらカルナクスの螺旋と戦うにはグラヴェル・ドレイヴン程度に躓いてちゃいけないと思って……亜樹がいつ死んでもおかしくなかったのに――」


再生されていく足をさすりながら優衣ぴょんがつぶやく。

再生されていく中で足の神経が敏感となり、触られるだけでかなりの激痛が走るが、そんなことは顔に出さない。

なんだか恥ずかしいから。


「優衣ぴょんはそんなことを僕が気にすると思う?僕が一人で戦い抜くって決めたのに」


 そんなことを言うと、僕の再生されている足を撫でる優衣ぴょんの腕に力が籠もるのを感じた。

 少しだけ、優衣ぴょんの目に涙がたまるのが見えた。

 同時に僕の額に脂汗がにじんでいく。


「もし、優衣ぴょんが援護に入ってくれてたら僕は自分で決めることも守れずに、今、こんなに満足感を得ることができなかったと思うよ」


「次からは、B級スターダストが相手だったとしても、デカラビアが相手だったとしても私も一緒に戦うからね」


あまりの痛みに、張り付けたような笑みのまま返事をする。


「頼りにしてるからね」


 今度は優衣ぴょんが僕の再生部位を握手するような感覚で握る。


「――ッぃ!」


 漏れる声を押し殺すように唇をかみしめるが、それでも声が漏れてしまう。

 それでも、考え事に夢中の優衣ぴょんは気づかない。


「僕も優衣ぴょんには心配かけないように強くなるから」

「こうなったらもっと訓練頑張らないとね!ビシバシ行くよ!」


 湿っぽくなった空気を晴らすように優衣ぴょんが再生中の僕の足をいい感じの音が鳴るくらいの力でパチンッ!と叩く。


「――ぎゃぁぁぁああ!」


 野垂れ打ちまわりながら絶叫を上げると優衣ぴょんと佳那ちゃんがギョッ!と目を見開く。


 すぐに優衣ぴょんは僕に謝ってくれた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る