死に慣れた世界で、僕は戦う
てっちゃん
第一章 戦鎚と重力使い
第一幕 出会いと日常
第1話 空を翔ける彼女と地を蹴る僕
この世界は人は死んでも、死んだことすら自覚なく生き返る。
僕たち、能力者を除いて。
命を懸けて戦場に立つ僕たちは日々、傷を負い続けている。
それは優衣、君が隣にいてくれるから。
***
まさか一か月半後、こんな場所に立っているとは。
見慣れた校舎は、その半分が瓦礫の山と化し、生まれ育った街は三十分前までとはその姿を完全に変えていた。
強化された聴覚は崩壊した街から逃げ惑う人々の悲鳴、叫び声、この状況を作り出した悪魔に怯える弱者の声を尽く拾ってしまう。
ここで逃げるわけにはいかない。
「優衣ぴょん!引きずり降ろしてくれ!」
「簡単に言うね」
僕たちが見上げるのは、故郷の空を悠々と飛んでいる竜に騎乗した悪魔、アスタロト。
この街の崩壊はアスタロトの騎獣である竜によるものだが、発せられる圧力からどちらが主であるかなんて考えるまでもない。
「天の翼、地の弓よ、私たちに仇なす獣に星の怒りを!——『天翔地縛』」
優衣ぴょんが専用武器を身に着ける。
真っ白で神々しい艶やかな翼に幾何学的な模様の彫られた二メートルほどの大きさの壮大な弓。
翼をはためかせて空を飛ぶ彼女は本人のその美しさと気高さも相まって、戦場の天使だ。
「天が見るなら地も抗え。故郷の怒りを刻み、僕の糧となれ!——『顕録・積津ノ大鎚』」
左腕に着けていたブレスレットが熱を帯び、骨が軋むような感覚とともに、僕の身長を超える戦鎚へと変貌する。
肩慣らしに戦鎚を一振りするだけで風が悲鳴を上げた。
「亜樹、準備はできた?」
「もちろん。突っ込むから、あの竜の対処を重点的にお願いね」
僕たちには時間制限というものがある。
ゆいぴょんは返事をすることなく、翼を広げ、少し離れた。
≪重律の一矢≫
優衣ぴょんが人の背丈ほどもある長大な矢を放つと、重力に導かれ、竜の鱗を突き破る。
「ヴォオオオオァァアアアア!」
腹の底から響く咆哮が、足元の瓦礫をカタカタと揺らした。
耳に金属棒を突っ込んだような痛みが走り、思わず耳をふさぐ。
アスタロトは街を子供が積み木を崩すかのように破壊していった。
自分がこの世界の王だと疑っていない自分勝手を体現した光景に、怒りは一瞬で凍り付き、代わりに背筋に冷たい汗が伝った。
痛みで唸り声をあげる騎獣の姿に、アスタロトは遊び道具を見つけた子供の様な純粋な表情で喜びを示していた。
「行くよ!」
だが、それは逃げる理由にならない。
優衣ぴょんが背中にいる限り僕は逃げない!
優衣ぴょんの放った矢よりも僕の足は速い。
≪重縛≫
優衣ぴょんが技名を囁くと大気の可視化できる歪みとともに、矢の刺さった竜にかかる重力が跳ね上がり、一気に態勢を崩した。
そんな大きすぎる隙を前にゆいぴょんの能力で重量が何十倍にもなった大鎚をアスタロトに振るう。
大鎚とアスタロトの蛇の剣の交差が火花を生み、空気を震わす。
振り下ろすようにして叩きつけた大鎚はただでさえ大きく態勢を崩していた竜を宙に留まることを許さない。
大鎚を振り下ろした後、空中で体を捻るようにして態勢を整えた。
竜を蹴り、一緒に地面にたたきつけられることを回避したアスタロトも同じように空中で身を翻しながら二撃目に移る。
一撃目は足場の問題で軽く押しつぶせたが、二撃目は同じ空中戦同士、条件に変わりはない。
――そんなわけがない。
僕には重力を操る仲間がいる。
刃と大鎚がぶつかると同時に優衣ぴょんの力を借り、一気に戦鎚を振り抜き、アスタロトは地面へ吹っ飛ばす。
ゴムボールの様に地面に叩きつけられ、大きな土埃が上がり、クレーターを作ったアスタロトだが、全くダメージが通った気配すらない。
ただ、静かに、吠えるわけでもなく、その瞳の奥で、静かな憎悪が赤く揺らめいていた。
「はぁぁぁああ……」
アスタロトが空気を吐き出し、蛇の剣へと吹きかける。
紫色の縁取りのある黒い靄が辺りを包む。
すると蛇が目を覚まし、目覚めたばかりとは思えない活発さで動き出す。
「――うっ!」
アスタロト側から見れば風下側に立っているこちらに、かなり希釈されたはずの吐息が伝わってくる。
鼻の奥がピリピリする臭い。
間違いなく毒だ。
アスタロトが軽く蛇を振るう。
蛇は鞭のようにしなり、ゴムの様に伸びながら自分の意思を持って襲い来る。
強力な毒を吐こうが、どんな相手でも僕にできることはたった一つ。
地面に転がった街の大きな残骸を蹴り上げ、蛇に向かって大鎚で打つ。
大きな口を開けながら迫ってくる蛇の唾液に触れたコンクリートは熱した鉄が雪に触れたように、音を立てて溶解した。
もう一度大鎚を大きくぶん回し、大きな風を巻き起こす。
毒ガスの蔓延したアスタロト周りの空気を攪拌させ、一気に距離を詰める。
「矮小な愚か者を一拍遅れた監獄へ誘え――『時哭ノ獄』」
いつ攪拌した空気がもとに戻るかなんてわからない。
ただ、全力で距離を詰め、思いきり振りぬいた攻撃はアスタロトの顔面に直撃したはずだった。
「――っ!」
空を切った大鎚の違和感に顔をあげると目の前にはアスタロトの武器である蛇が眼前に迫る。
とっさに首を捻り避けようとするが間に合わない!
ただ、何とか顔への直撃は避けるために左腕を何とか割り込ませると小指と薬指に蛇の牙が触れてしまった。
「――っく!」
指先から腐り落ちるように健康な肌色が炭のように腐り、広がっていく。
そんな中でも、次のアスタロトの動きを警戒しなければならない。
アスタロトが距離を縮め、さらに追い打ちをかけようと近寄ってくる。
早く距離を取らないと!
指の対処もしないといけないし、そろそろアスタロトの吐き出した毒の濃度がどんどん高まっている!
距離を縮められないようにと威嚇するように大鎚を振り上げると再び、空気が循環された。
だが、アスタロトは気にせず距離を縮めてくる。
「――イタッ!」
振り上げた腕の左腕に何かが強くかすめるような感覚があった。
矢だ!
ゆいぴょんが僕の小指と薬指に見切りをつけて、正確に二本の指を削り取った。
突然の痛みに思わず大鎚を振り上げた状態で手から離れる。
だけど都合がいい。
アスタロトが一瞬で距離を詰め、蛇を振るう。
牙を立てて迫ってくるその首を右手で鷲掴みにして、腰のひねりを利用して地面に叩きつける。
反動で体が浮いた、ちょうど目の前に、手放した戦鎚が落ちてきた。
――そこへ後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
戦鎚が空気を抉り抜き、アスタロトへと突き刺さる。
これは即興の動き――偶然すら巻き込んだ一撃。
読めるはずがない。
その刹那、アスタロトの姿が完全に消失した。
消失――いや、違う。
まるで瞬間移動のように、奴は一瞬にして背後に回り込んでいた。
大振りな攻撃には大きな隙が生まれる。
無防備な背中にアスタロトは無慈悲に拳を叩き込む。
「――ガハッ!」
衝撃。
背骨が軋み、視界が赤く染まる。
吐き出した空気を吸おうと筋肉に呼びかけるが上手く収束せず、肺が広がらない。
時間が引き延ばされたように、舞い上がる塵の粒子がキラキラと光るのが見えた。
耳の奥でキーンという金属音が鳴り響いている。
目尻に涙を溜めながら全力で距離を取る。
違和感が生じる前の口上といい、今回の動きの不可解さ。
どういう動きをしたんだ?
さっきまでのあいつに、この一撃を躱せるほどの速さはなかったし、完全に虚を突いたはずだ。
まさか……時間が止まった?
いや、ほんの一瞬だけ。
僕を殴った動きからして瞬間移動でもないはずだ。
だととたら、何か制限があるはず……連発ができないとか?
地面に叩きつけられながら、右手に掴んでいた蛇が腕を噛もうと体を伸ばすのを見て、慌てて手を放し、飛びのく。
厄介な能力だ。
だが、連発はない。
出来るなら、さっきので僕は死んでいた。
左の手のひらから溢れた血が、戦鎚の柄をぬるりと滑らせる。
これは本当に時間との戦いだな。
そっと空を仰ぎ見る。
あと、三十秒ぐらいかな?
三十秒堪え切れれば僕たちの勝ちだ。
優衣ぴょんが僕が蹴り飛ばした大鎚を回収しに飛び回ってくれている。
いろいろ細かいところに気が利いてくれるから大好きだ。
少しアスタロトから離れたところから思いっきり空気を吸い込む。
肺が焼けるような刺激臭と、まとわりつく甘い腐臭に眩暈がした。
だが、あと少し、優衣ぴょんが背中に控えてると思えば立ち上がる力がもらえる。
「――フゥーーー!」
思いっきり空気を吐き出しながら圧倒的に不利な格闘戦に移行する。
不利だと分かりきっている近接戦を続ける僕を馬鹿にするような目つきでアスタロトは蛇を振るう。
迫りくる蛇を避けない。
左腕の手の平で受け止めて、握りつぶす。
大鎚をぶつかり合うことができる蛇だ。
そう簡単につぶせるわけがない。
それでも、思いっきり握り、少しの間行動不能にして右手でアスタロトに殴りかかった。
アスタロトはこの行動に驚いたそぶりを見せるものの、すぐに嘲るような視線をみせた。
当然の様にアスタロトは攻撃をよけ、決死の攻撃を仕掛けた僕を返り打ちにしようと拳固める。
そんなこと承知の上だ!
嘗めるなよ。
僕は本気で生きてる。
もちろん、こいつに殺されるつもりなんて毛頭ない。
アスタロトのこれまでの行動的に蛇を掴んでる左側じゃなく、右側によけ、そのまま攻撃に移るはずだ。
だからすぐに腕を引き、顔から横腹どこに攻撃が来ても良いようにガードを固める。
「読めたぞ!」
ガードの上から僕を殴りつけたアスタロトの攻撃は重い。
だが、覚悟はできていた。
「――僕は強いんだ!」
息をつく暇もなく後ろ蹴りを叩き込む。
左足に感じる確かな感触。
読み通り、アスタロトの時間停止にはタイムラグがあるようだ。
かなりいい蹴りが入った。
だが、その代償に蛇の毒が左腕に侵食し、肘辺りまで炭の様に変貌する。
腕を高く掲げると優衣ぴょんが左腕を弓で射抜いて切り落としてくれた。
「……そろそろかな」
全力でアスタロトから距離をとり、優衣ぴょんにアイコンタクトを送った。
「……天に浮かぶ星よ、地に降り、災厄を穿て――『流れ星』」
ゆいぴょんの必殺技、隕石が空から降りアスタロトに降り注いだ。
いくら時間を停止できるにしても避けきれない。
天から降り注いだ光の柱がコンクリートジャングルを大地ごと捲り上げる。
轟音の中、故郷が巨大な黒い穴へと変わっていき、それは僕も平等に呑み込む。
その光景を、僕はただ、見つめていた。
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