■④■進学はデジャヴと共に(1/2)

 テポドンと共に過ごす中学生活はあっという間だった。自宅から学校間は常にテポドンと行動を共にしていたため、今まで蔓延っていた噂や陰湿な行為はピタリとなくなった。

その中でも特に強烈だったのが、授業中に教室に飛び込んだ蜂を彼がエアーガンで撃ち抜いた際、俺を蜂から守るよう覆い被さった事と、エアーガンの強力さがえげつなかったため、一躍テポドンも有名人の仲間入りとなった。空中を不規則に飛ぶ蜂を一発で仕留めたはいいものの、風圧と弾の威力によって窓ガラス三枚と花瓶をダメにしている。

この出来事により、彼のエアーガンは登校時から下校まで担任が預かる事となった。テポドンは「威力はオリジナルの三十パーセント程度に絞っている、危険ではない」と抗議していたが、学校が用意した鍵付きのアタッシュケースへしぶしぶ預ける事となった。その威力と俺に対する守護能力を目の当たりにした生徒は震え上がり、俺は平穏な学校生活を送ることが出来た。

しかしごく一部の女子には何かと話題になったようで、校内の至る場所でネットリした視線を感じるようになってしまうのだった。


 ある日の下校中、俺はテポドンが転校して間もない頃の話を振っててみることにした。

「そいえばさ、テポドンは喉に麻痺を抱えているんじゃなかったか?」

「ああ、ブラフ(ハッタリ)だ。当初は周平以外と喋るつもりはなかったからな」

そのカミングアウトに俺は思わず目を細める。それを横目に彼は言葉を続けた。

「情報を仕入れるため、症状が回復しているように見せかけて他者とも話すようにした。相手にはだいぶ気遣って貰ったがな」

それは単に他の生徒は恐れおののいているのでは、と思う俺だったが、頷くに留まった。

「他の生徒と支障無く話せるようになって良かったな」

そう話を結び、俺は視線を前に戻した。

こうして他愛ない事を普段から言い合うようになった俺達は、中学校生活を実りあるものにしていった。

実際のところ学校では、テポドンと俺はワンセットとして認識されていて、行事や授業のペアは忖度を疑われるくらい一緒だった。当のテポドンも、少しずつ他の生徒と話すようになり、俺達の周りは次第に人が集まるようになっていった。俺に対して過去の非礼を詫びて来る生徒も居たが、特に咎めもしなかった。熱い視線を飛ばしている女子生徒三人組が俺達と接触を図るようになったことを除けば、俺を取り巻く環境も正常化していった。テポドン様々過ぎる。

 そんな学校生活も残すところあと僅かとなった。いよいよ来月からは高校生。俺の進学先は自宅から距離的にも通いやすく、進学就職どちらにもシフト可能な浪花奥高校という学校に決めた。特筆すべきは、地元就職率百パーセントという驚異の数字を叩き出しているところが最大の強みだった。その学校の特徴や立地も他の学校と比べて独自の目線で設計されているのがわかった。そこは立地からしてスケールが大きく、そのロケーションは緑豊かな森に囲まれた場所に構えている。

唯一ネックなのが、学校から町中までの距離が遠く、長い山道となっているため、登下校で寄り道する場所がなく物寂しいところが欠点だった。そこへ志願する事にした俺だったが、偶然にもテポドンも進学先は一緒だった。

目標の決まった俺達は早速受験対策に取り掛かることにした。翌週の放課後からは、俺の部屋で試験対策に明け暮れるのが恒例となっていた。時折差し入れに来る母親の茶々を貰いながらではあるものの、仲良く二人で入試に備えた。

 翌年に行われた入試を難なく突破した俺達は、合格の通知をすぐさま両親に報告し、同封されている書類から進学に必要な書類や制服の準備に追われることになった。

進学先ではどんな出会いがあるだろうか?俺はワクワクとした気持ちで靴を履き、玄関で手を振るヒトミに見送られながら家を出た。自宅の前で待っているテポドンと合流し、共に歩き始める。

「あともう少しで中学生生活も終わりだな。テポドンは卒業式の練習中、何を考えて過ごしてるんだ?」

「来月から通う学校の地図情報から戦闘に有利な場所と重要な拠点スペースはどこかを練っている」

「なんでそんな物騒な事を……」

俺は呆れ返りながらも通常営業なテポドンに安心し、通学路を進んでいくのだった。


「ーーどっかで見たなぁこんな光景」

校庭には人だかりが出来ており、その中心には見覚えのある鳥が横たわっている。テポドンは登校してきた生徒へ掛け合って自転車を拝借し、逆方向に向け直した。即座に俺から手渡された保護シートを前カゴに敷き始めると彼はその場で待機した。

俺はそんな親友を尻目に校庭へ向けてダッシュした。クラスメイトも他の生徒が手を触れないように壁を作り、俺が来るのを待ち構えていた。

「みんな!」

「おお!鷹使いシュウヘイ!今日の朝練中に突然鳥が落ちてきたんだ。まだ誰も触ってないぜ!頼めるか?」

「みんな!ありがとう!わかった、いまから搬送するね!!」

俺は二つ返事でそれを即座に抱え上げつつシートで包み、テポドンの拝借した自転車に乗せて自宅へと猛ダッシュした。現場に居合わせた生徒とテポドンが手を挙げ、動物病院へと向かっていく俺の背中を見送った。


「ーーもう大丈夫だ。外傷もないし、栄養を取ればすぐ回復するだろう」

親父は『以前にも似た事が有ったな』と俺に話しかけてきた。母親もニコニコしながらケージの鍵を渡してくれる。

「午後の授業は出る方向でいいかしら?」

確認を取ってきた母親に俺は返事をした。

「母さん、今日は午後の授業ないんだ。だから今日は休むことにするよ。この子の容態も気になるし」

そう言って俺は母親からケージの鍵を受け取ると、カゴの中に入った鷹をぼんやりと眺めていた。

「君はヒトミが探していた子かい?……そんな都合よくはいかないよね。ヒトミもまだ帰ってきてないし」

俺の呟きにも鷹は返事することなく、ゲシゲシとケージに齧り付いているのだった。

 しばらくしてカツ、カツ。とケージを鳴らす音で俺は目が覚めた。休息のつもりだったが少し寝てしまっていたらしい。鷹はじっとこちらを見つめていた。

「どうしたの?ケージから出して欲しいのかな」

俺は懐かしい感覚を思い出しながら、ケージからハーネスを手繰り寄せて鷹を出した。

「あてっ!」

ケージから出てきた鷹は俺の手を啄んできた。しまった、油断してハーネスの綱を手放してしまった。

鷹はバサリ、とハーネスを強引に取り去ると俺の頭に乗って来た。

「あいててて」

爪が頭皮に刺さる感覚に俺は顔をしかめる。

「ちょっと加減してくれるかな?」

その言葉が通じたのか、鷹は俺の肩に飛び移り首筋をつついてきた。

「ごめんよ、こんな狭いところに閉じ込めて。もう出たいよなぁ」

攻撃してくるものの、逃げようとはしない鷹を優しく撫でて落ち着けた。次第に鷹もつつくのをやめ、俺の手に頭を預けている。

「こわい思いしたよな。でも元気になれば野生に還れるから、もう少し我慢してくれるかい」

やがて体育座りをした俺の膝に収まる鷹は、体温の温もりに安心したのか動かなくなってしまった。

「ーーああ、やっぱり疲れてたんだね」

翼を畳んで小さくなるその姿を撫でながら、俺は優しく微笑むのだった。

 お昼ご飯を食べながら両親に今日保護した鷹の様子を話したところ、午後に外へ出してみることになった。「自力でハーネスを外したのかい。その子はすごく回復が早いんだね。自力で飛び立てそうなら放鳥は今日でも問題なさそうだね」

俺の話を聞いた親父はすんなりと言った。俺は安心したものの、あっけなく鷹と別れてしまう事に少し寂しさを感じた。もう少し遊びたかったなぁ。なんて考えるうちに俺はお昼の赤飯を食べ終え、来る放鳥の時間を待った。


「じゃあ今からハーネスを外すね」

病院の裏手に立つ俺は、鷹に繋がるベルトを緩め、ハーネスを外した。それと同時に鷹は飛び立ち、バサリバサリと天高く高度を上げていった。

「うわぁ、すごいなぁ」

「ええ、こんな早く高度を上げられるのには驚きだわぁ」

両親が感嘆をあげる中、その鷹は一度だけこちらに視線を向けた。その意味ありげな行為に、俺はこれから起きる展開が何となく読めてしまった。思わず身震いひとつした俺は、両親の後に続いて自宅へと戻るのだった。

 部屋に戻ると、先程放鳥したばかりの鷹が空いた窓から顔を覗かせていた。それは部屋の扉を開けた俺めがけて一直線に飛び込んできた。

「おわっ!」

同時にそれは幼い少女に姿を変え、俺を押し倒した。「おねーちゃんを、返せ!」

ヒトミよりも一回り小さな女の子がそう言うと、涙目を浮かべながら俺をポコポコ叩いてきた。

彼女は俺の肩にも満たない身長。腰まで伸ばされた栗色の髪。左右のこめかみ付近だけ髪が黄色く、それぞれ爪楊枝一本分程度の束になっている。水色のワンピースは裾に擦れやほつれが所々に見受けられていた。彼女の表情や言動は共に幼く、焦りと興奮に任せたそれは尚も俺を攻撃していた。

「においで分かる!はやく!かえしてっ、よぉッ!」

次第に少女は叩くのをやめると、力なく俺にしがみついて泣き始めた。

「うっ、ぐすっ。おねぇ……ちゃん」

俺はヒトミと出会った日の事を思い出しながら呟いた。「やっぱりこの子は……」

俺がその子を抱え上げると驚くほど軽く、見た目以上に消耗しているのがわかった。

 するとヒトミが窓から帰宅し、俺の上で眠ってしまった女の子を見て言った。

「この子は!間違いないわ周平さん、この子はわたしが探していた妹です」

その言葉は安心したような悲しいような声音だった。ヒトミは優しく女の子を撫で付けて微笑む。

「この子は今まで一人で頑張ってきたんだね、偉かったね」

彼女より一回りちっちゃな女の子は、すぅすぅ眠りながら、俺のシャツをヨダレでベッチャベチャにしたのだった。


「ーー信じらんない!へんたい!ろりこん!ばか!」

先程までの眠り姫は目を真っ赤にして俺に罵詈雑言を浴びせている。

「寝てたのは事実やんけ……」

少ししょんぼりした俺に対し、少女は涙目で畳み掛けてくる。

「ゆーかい!ひとさらい!このっ……!」

「こら、その辺にしなさい。周平さんが困ってるでしょ」

すかさずヒトミが止めに入ると、少女はヒトミに手を差し出した。

「おねーちゃん、こんなとこやだ。二人でくらそ!ね?ね?」

グイグイと手を引こうとする少女はヒトミにそう提案するが、ヒトミは目を閉じてユルユルと首を振った。

「わたしはね、この家でヒトとして生きていくって決めたの。それに周平さんは命の恩人なの。あなたも周平さんに助けられたのよ。それに周平さんはあなたを一度でも傷つけるようなことをしたの?」

ヒトミの言葉に少女は固まると、バツが悪そうに俯いた。

「なにも、されてない」

「じゃあ周平さんになんて言うの?」

「ご、ごめんなさい」

親子のやり取りにも見て取れる二人の様子が何だか微笑ましくも思えた俺は、少女の謝罪を快く受け入れた。「気にしていないよ。それに知らない場所に連れてこられて怖かったよね。ヒトミお姉ちゃんと再会できてよかったね」

その言葉に安心したのか、少女はこちらへフラフラ歩み寄るとギュッとしがみついてきた。

「……なまえ」

「ん?」

「アタシも名前、欲しい」

そう来たかー。なんて頭をのけぞらせた俺は、部屋の入り口に母親が立っているのに気付いた。恒例の「ごちそうさま」ポーズをしていた辺り、一部始終を見られているのだろう。

「一度茶でも飲んで考えようかな……」

俺はポリッと頬を掻き、休憩の提案をするのだった。

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