■③■カミドリと神鳥

 高校受験を意識した中二の冬、俺は自宅のリビングで両親と進路について話していた。

「俺、親父みたいな獣医になりたい。親父の事を本気で尊敬してるし、ましてや手術成功率百パーセントの獣医なんて他に聞いたことがないから、俺も患者や飼い主を安心させられるような存在になりたいと思ってる」

熱を込めてそう訴えかけた俺だったが、親父は目を閉じてフルフルと首を横に振った。

やがて俺の親父ことシュンヤが、夢を壊すようで悪いが。と一言前置きを入れ、その理由を話し始めた。

「これにはな、カラクリがあるんだ。少し待ってろ」

親父がそう言うなり一度席を立つ。しばらくして小さな箱を持ってくると話を再開した。

「周平、お前は小さい頃からよく動物に懐かれていただろう?」

俺は静かに頷いた。

「ああ、確かに。この家の伝統だったりするのか?」「その通り、家系に継承される能力の基礎部分だ。一段階目とでも表現すべきかな」

親父いわく俺が最後の継承者らしい。俺は驚きつつも親父の話に耳を傾けた。

「オレ達の家系は十歳から十五歳の頃に特別な能力が開花する」

ほら。と言うと、親父は左目のカラーコンタクトを取った。そこには青に透き通る瞳がキラキラと輝きを放っている。

「オレはちょうどお前の年頃にこうなった」

「うわ、すごい。片目が青い」

「ああ、これが二段階目に進化した証だ。能力効果によって目の色が異なるんだ」

「へぇ、つまり俺が親父と同じ色になるとは限らないってことなんだな」

「そうだ、自分に宿る能力が何なのか知りたくなっただろう?」

強く頷いた俺を見て満足そうな表情をした親父は、箱をこちらに見えるよう置き直した。

「まず、動物に好かれない者。いわゆる素質のない者は目にすることの出来ない代物だ」

親父が持ってきた箱を開けると、そこには猛禽類のものらしき大振りの羽が一枚納められていた。

「これは?」

「“カミドリ”と呼ばれる神鳥家の家宝だ、保持した際に発光すればその者には能力の土台である『人外と意思を交わす力』、さっき言った一段階目の能力が宿っている事が証明される。もし発光時に色も変われば、さらに何かしらの追加能力、つまり二段階目の能力を継承しているということになる。特に操作はいらない、こうやって持てば良いぞ」

親父がそう言うなりカミドリを手に取ると、それは青色に発光し幻想的な光が灯った。

「お前も知っての通り、オレにはカミドリの土台となる『動物に好かれる能力』と、二段階目の『治癒能力』が備わっている。言いたいこと、分かるな?」

俺は親父のカミングアウトに言葉を失うと同時に合点がいった。

「人によっては"インチキ"だって感じるかもしれないけどな。ただ、オレはそれでも命を多く救えるならそれでもいいと考えているんだ。現にこうやって息子から尊敬される父親像に映っていたのだからな」

親父は箱にカミドリを戻すとその光が消えた。親父は目線を上げ、ウインクを飛ばして『内緒だぞ』と笑った。その様子を見守っていた母親のエミも頬へ手を当てながら俺に優しく微笑みかけた。

「普段から救急ポーチ持ち歩いているものねぇ。でも実際にヒトミちゃんを助けられたし、私達からすれば自慢の息子よ。結果がどうであれ、気を落とさないでね」

両親の言葉に俺は頷くと、親父がその箱をこちらへ差し出してきた。

「お前も試してみるがいい、触れてみろ」

俺も言われた通りに手を伸ばして触れた瞬間、羽が桃色に発光した。

「おお」

「今のは……?」

「見たことない色だな、少なくともオレとは違う能力のようだ」

俺はカミドリから手を離して箱に戻した。光を失ったそれに蓋をすると、親父はニコッと笑った。

「さて、オレの息子はどんな能力を持っているのかな?」

そう言って親父は懐から冊子を取り出し、代々継承されている能力の対比表を見せてくれた。

「オレは言ったとおり、治癒と回復能力を示す青色だ」

親父が指差す先には青色に発色した際の能力についてが書き示されていた。

「うん、俺はなんか桃色だったよな」

「そうだな、ええと……」

親父は一覧に指を滑らせ、あるところで指が止まった。そこを俺と親父が同時に読み上げる。

「「桃色……人間以外のメスを引き寄せ、秘めた能力を引き出す能力である。更に手の届く範囲内に対象がいる間は能力が強化されるとともに両想いになれる。対象と目を合わせた状態で相手の名を呼べば引き寄せの能力が発動する」」

俺は頭を抱え、親父はニヤニヤしながら俺の背中をドンドンと叩いた。母親はうふふ、と微笑みかけてくる。「どうやら神鳥家の家系には人外に愛される先人もいたみたいだな」

「こ、心当たりしかねぇ……」

がっくりと項垂れた俺は内容を反芻しながら、その能力でこれまでに起きた身の回りの出来事に説明がついてしまうことに合点がいき、深い溜め息をついた。

「周平の事だからちゃんと使いこなせるわよ。私は信じているわ」

「まぁ、嫌かって言われれば嫌ではないんだけど……」俺が頬をポリッと掻くと、親父がフォローしてくれた。

「ちゃんと意味があって継承されてるんだ。今は能力のありがたみが分からなくてもこれから見つけてけばいいさ」

キリッとした表情に戻った親父に、俺はカミドリの能力をもっと知りたくなった。

「他の能力も見たいんだけどいいかな」

「いいぞ、文献しか残ってないが、全部で九種類あるそうだ。詳しい内容は……ここだな。見たら戻しておいてくれ」

親父は別の冊子を開いて渡すと同時に、俺の頭をくしゃりと撫で、母親と共に部屋を後にしていった。それを手にした俺は順に読み進めていく。資料には次のようにまとめられていた。

赤色は"人外との主従関係を発生させる"

服従

青色は"人外に対する高い治癒能力を発揮する"

回復

黄色は"人外に自身の思考を同期させる"

同調

紫色は"人外の行動を制限する"

抑制

緑色は"人外の位置や方位を探し出す"

探知

橙色は"人外に任意の行動を取らせる"

指示

灰色は"人外の特性や能力を読み取れる"

分析

金色は"人外の能力を自身にも適用できる"

複製

桃色は"異性の人外と両想いになれる"

愛情

「赤色は動物界のカリスマ的存在になれそう。青色は、親父の持つ治癒能力。俺もこれ欲しかったなぁ。黄色はレスキュー犬とか探知犬とかに活用できそう。紫色は調教師とかに最適かな。緑色は迷子探しに役立ちそうだ。橙色はさながら牧羊犬みたいな感じかな。金色すごくカッコいいなぁ。……そして俺の持つ桃色、と」

一覧で比べてしまうと、俺の能力だけ異質さが際立っているように感じた。使いこなす場所なんてあるのか不思議に思いつつ、俺は冊子を戻して部屋を後にするのだった。

 自室に戻ると、ヒトミは変わらずニコニコしながら待っていた。彼女の隣に座っていつものように会話していると、彼女が覗き込んできた。どうやら俺は難しい顔をしていたらしい。

「周平さん、どうされましたか?」

「ああ、何でもないよ。ちょっと将来について考え直さないといけなくてね」

キョトンとしたようにヒトミは首をかしげた。

「周平さんのような方でも思い悩むことがあるのですね。“ショウライ”がどんな事をいうのかよくわからないですけど、周平さんが素敵で優しい方なのは知っていますし、どんな道を選んでもうまく行くと信じていますよ」

彼女の言葉に励まされ、俺は気持ちが少し軽くなった。

「ありがと、ヒトミに心配かけちゃったね」

「いえいえ」

彼女はそう言うと微笑んだ。

「それに、周平さんがどんな“ショウライ”を選んだとしてもわたしはどこまでも付いていきますよ」

右隣に座る彼女は俺にピタリとくっつくと、出会った時のように首筋へスリスリと頬を寄せるのだった。俺もそれに応じ、以前のように指先で彼女のアゴを撫でた。「えへ、大好きです。周平さん」

幸せそうな表情と声に目を細めるヒトミを見ていると気持ちがだんだんと落ち着いてきた。俺は先の事を深く考え過ぎていたのかもしれない。肩にもたれ掛かり、ウトウトし始めたヒトミに視線をやる。

彼女は俺の為に付いて来てくれると誓ってくれた。ヒトミがいればどんなつらい事があっても乗り越えられる。そんな気がした。俺は小さく"ありがとう"と言葉を落とし、その頭を撫でるのだった。

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