第2話:二人で昼食

 自慢じゃないが俺は基本的にはぼっち飯だ。人に誘われたときは誰かと一緒に食べることもあるが、大抵は校舎の中で人通りの少ないところを探して食べていることが多い。

 理由としては、配信のこともそうだしダンジョン探索のこともそうだし、一人で考えたいことが多いから、というのが大きい。それに、一人で居るのが嫌だと思ったことはないから特に問題ない。


 のだが。


「茜の弁当美味しそうじゃん。いつも誰が作ってるの?」

「あっこれ? 私が作ったの! いいでしょ〜」

「へぇ〜そうなんだ、上手だね!」


 階段の手前で俺は立ち止まっていた。ここ最近、俺はここの階段で昼食を摂っていたのだが、どうやら今回は先客が居るらしい。この辺りは美術室などの移動教室や誰も使わない水飲み場しかないうえ、校舎の隅の階段なんて誰も来ないから重宝していたのだが。

 どうやら会話の内容と声を聞くに、先日も話題に上がっていた赤夜茜カップルのようだ。


 さてどうしたものか。さすがにあれの間に割って入るほど野暮なことはしたくないし、かといって別の昼食場所を用意しているわけでもない。

 まあ、ここは大人しく教室にでも戻って食べるか。


 そう思って振り返ったところで、見覚えのある顔が視界に入った。


「……連理さん。こんなところで何してるんですか?」


 天音があまりにいつも通りのトーンで話をするものだから、俺は急いで静かにするようジェスチャーで伝える。


「え? どうしたんですか?」


 一応何かを察したらしい天音は少し声を小さくしたのを確認すると、俺はあの階段から離れるよう廊下を歩きながら、天音についてくるようジェスチャーで促した。

 天音が困惑しながらも俺について来てくれたことを確認すると、俺もしばらくそのまま歩いた。


 そうしてあの階段から離れた場所まで辿り着いたところで、俺はようやく口を開いた。


「さて、ようやく話せるな」


 ここもまだ人通りは少ないエリアだが、ここからあそこの階段に声が聞こえる心配はないだろうから、大丈夫だ。


「ほんとに何だったんですか……?」


 天音が呆れたような目線を送ってくる。違うんだ、これには理由がある。


「えっとだな、まず俺は最近はあの階段で飯を食ってたんだ。なにせ人が少ないし、飯の時は人が少ない方が好みだからな」

「えっそうだったんですか。もっと教室とかで友人に囲まれて食べているのかと……」

「まあそこはいいんだ。それで、あそこにはダンジョン探索部内で成立したできたてほやほやのカップルが居たみたいで――」

「か、カップルですか。いつの間にそんなのができてたんですね」


 驚いたような、けれどどこか困ったような、微妙な表情を浮かべながら天音は顎に手を当ててうーんと唸った。この人は案外こういう話に耐性がないのだろうか。

 言い方は悪いけど、結構モテそうな質に見えるが……


「おう。だからまあ、邪魔しないためにさっさと退散してきたってわけよ」

「……なるほど」


 どこか考え込むような間が空いたあと、彼女はそう答えた。しかし、ちらりと顔を上げた天音の顔には、俺のことを怪しんでいるような表情が浮かんでいた。


「いや、そんな信じられないか?」

「い、いえ。そうではないのですが、そういう状況になったらお構いなしに飛び込んでいきそうな方だと思っていたので」


 俺の言葉を、天音は慌てて否定する。だがつまるところ、俺はそんなヤツだと思われていたということか?


「おいおい、さすがの俺もあれは空気を読むぞ。第一、恋人同士って基本二人で居たいものじゃないのか?」


 俺はあんまりそうは思わなかったのだが、おそらく大抵の人間は二人で居たいと思うはずだ。


「そうなんですね、少し誤解していたかもしれません」

「空気を読むのが苦手なのは否定しないが。そこまでデリカシーがないわけじゃないぞ……?」


 あまりにあんまりな誤解をされていたもので、少し悲しくなってきた。


「す、すみません。というか、結局食事の邪魔をするような形になってしまいましたね」

「あー、まーそれは大丈夫だ。元より今から教室にでも戻ってご飯食べる予定だったし」


 俺は手に持った弁当を少し持ち上げてそう言った。


「……おそらく人が居ないであろう穴場スポットを知ってますが、一緒に来ますか?」


 天音は一瞬の間があったのちに、俺にそう提案した。


 ◇


 と、いうわけで一緒にご飯を食べることになってしまった。

 天音の言う『穴場スポット』というのは、校舎の東側の端になぜか設置されている、外階段の中腹のことだった。鉄製でところどころ錆びており、触ると怪我をしそうだ。

 だが清掃は行き届いているらしく、それなりに綺麗な場所だった。何より、ここから見える外の景色はなかなか悪くないものだった。真上にある太陽の光はここには届かないが、だからこそ街の中に落ちる陽の光が余計に輝いて見える。


「私もときどきこういうところに来てご飯を食べるんです。一人になりたい時は特に」


 そう言って彼女は弁当の中に入ったタコさんウインナーをぱくりと食べた。

 内容は普通にいいことを言っているのだが、食べているのはあのタコさんウインナーだ。絶妙にカッコがつかない。

 それにしても、あれは自分で作ったものなのだろうか。それとも親に作ってもらったものなのだろうか。非常に気になる。

 だが、俺は無意識にタコさんウインナーに視線を向けてしまっていたらしく、それに対し天音が


「べ、別にこれは私が作ったわけじゃないですよ。お母さんがたまに入れてくるんです」


 と若干頬を赤らめながら、否定の言葉を口にした。


「なるほど、安心した」

「安心……?」


 俺の言葉に、彼女は眉根を寄せた。まあ別に友達がタコさんウインナーを作ってても、それはそれで可愛いと思う。だが、当たり前のようにそれをされると少し心配になってくるというものだ。

 そうして俺もまた弁当の中身に口をつけた。しかし、かく言う俺の方も、実は中身がキャラ弁――なんてことは特にない。弁当は二弾あって、一段目が日の丸弁当。二段目にからあげとキャベツなどのおかずという至って一般的な弁当だった。毎朝、親が作ってくれている弁当だ。


「というか、さっきはときどきここにって言ってたが、普段は別の場所で食べるのか?」


 それから俺は、さっきの発言で少し気になったことを訊いてみることにした。


「学食で食べるか、あとは普通に教室で食べるか、ですね。学食は人が多いですし、教室に居ると話しかけられることも多いですし、一人で食べたいときはこっちに来るんです」

「へぇ〜、なるほどな……というか、俺居て邪魔じゃないのか?」

「それは……別にいいんです。というか、さっき私が連理さんの食事を邪魔したお詫びのようなものですし」


 一瞬戸惑うような様子を見せたあとに、天音はそう返した。別に謝罪は要らないんだけどな……


「そうか、ならいいんだけど」


 俺はそう思ったが、わざわざ相手の言葉を否定するのもよくないかと思って、短く答えた。


「それより、連理さんはいつも一人でご飯を食べているそうですが、どうしてそうしているんですか?」


 すると、天音は俺が先ほどしたような質問を返してきた。天音にも答えてもらったのだから、俺も言っておくべきだろう。とはいえ、理由はそう難しいものではない。


「うーん、まあ一番の理由は配信のこととかで『一人で考えたいことが多いから』かな」

「そういうことだったんですね……それなら納得です」


 すると、納得したような様子で彼女は頷いた。


「というかそんなに一人なのが意外だったのか?」


 俺がそんなにいつも人と居るような人間に見えるのだろうか。別に友人がそこまで多い、というわけでもないのだが。


「ええまあ、配信なんていう人に注目されやすいような趣味を持っていますし、交友関係も広いのかと」

「……まあ狭いわけじゃないが、リアルで人と関わるのがそんなに得意ってわけじゃないからな」


 実際クラスで孤立しているとか、そういうことはないのだが。それにしても、現実で常に誰かと一緒に居続けるというのはあまり好きではなかった。


「え、そうなんですか?」


 俺の答えに、天音は驚いたように目を見開いた。やはりそこは意外だったらしい。


「別に嫌いじゃないんだが……なんていうかな、昔から『空気を読む』みたいなのが苦手なんだよ。みんながどう思ってるかよりも、自分がこう思ってるってのを優先したい」


 いわゆる『空気』というか、雰囲気がどういう方向に向かっているのか、というのを読むこと自体がそこまで苦手なわけではない。だが、空気が分かったからといって、『他の人がそうしているから自分もそうする』というのはあまり好きではなかった。

 当然、そういったことも社会生活を送るうえで必要な時があるのは理解している。だが、そのせいで自分の考えを曲げるような発言をしなければならないのは、苦手だった。


「それは、確かにそうなんだなと思ったことは多いですね」


 それから、天音はどこか納得したような様子で頷いた。


「配信って注目されることはあっても『空気を読む』必要はあんまりないだろ? その上で、人が楽しめるコンテンツを提供できるのが楽しいんだ」

「……そういう気持ちで配信をしていたんですね。知りませんでした」


 少し関心したような表情を浮かべ、彼女はそう言った。


「まあ今まではこんな話するほど、部活外で一緒のことなかったしな」

「ふふ、それもそうですね。大体あの学園交流祭とかいうのが悪いわけですけど」


 天音は少し楽しげに微笑んだ。

 以前行われた学園交流祭では、本当にいろいろあった。異世界から来た人物の謀略、青幻学園のダンジョン管理局の暴走……挙げだしたらキリがない。


「ほんとにな〜。あれのせいで大変だった……」

「あの時期はだいぶ忙しかったですね」

「まあなんだかんだ楽しかったけどな。俺の配信の視聴者も増えたし」


 そう! あの交流祭で学校側から公式に『お互いの学園の生徒同士でダンジョン探索を行っているところを配信し広報活動をすること』とのお達しが出ていたおかげで、だいぶ固定リスナーが増えてくれたのだ! これはかなりありがたいことである。


「そうですね、あれのお陰で連理さん含め、皆さんと仲良くなれたわけですし、いい思い出なのかもしれません」

「それもそうだな」

「ええ、これからもよろしくお願いしますね」


 天音はそう言って微笑んだ。


「……おう、よろしくな」


 陽の光を浴びて輝く街を背後にした彼女のその笑顔はとても綺麗で、少しの間見とれてしまった。けれど、そのことは心の内にとどめておくことにした。

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