ダンジョン配信で始まる学園ラブコメ!

空宮海苔

第1話:はじまり

一話

「ウチの部活って、華がないと思わない?」


 我らがダンジョン探索部の部長、鳴神なるかみ秋花しゅうかがいきなりそんなことを言い出した。色あせたオフィスチェアに座るこの先輩は、ミディアムボブスタイルにした鮮緑色の髪の下から黒色の瞳を輝かせ、とても真剣な表情を浮かべている。

 そして、部員の多くがダンジョン探索に出払って閑散とした教室の中、先輩の言葉に対しまともに返事をするのは俺くらいだった。


「はあ、『はな』ですか」


 『はな』、というと具体的にどういうアレなんだろうか。さすがに部室で生け花をしようとかそういう話ではないはずだ。

 ……まあ大方、ウチの部活にはカップルが足りない、とかそういうことを言いたいのだろう。この変人先輩は。


「そう、華! ウチってさぁ、男の子も女の子もたくさん居る割に、色恋沙汰あんまり聞かないのよねぇ」


 けしからんとでも言いたげな表情で彼女はそう言った。やっぱりカップルの数のことらしい。


「あー、そうっすね」


 だが、こないだも後輩――俺たちが二年生だから、一年生ということになるが、その中でカップルが成立したとか聞いたことがある。だから、そんなに色恋沙汰がないと言うのも的外れな気がした。


「えなになに。微妙な反応じゃん。ってことは君も好きな人いるんじゃないの〜?」


 しかし、そんな俺の思考が表に出てしまったのか、それを目ざとく察知した秋花先輩が楽しげにそう聞いてきた。


「違いますよめんどくさいっすね。こないだ後輩の誰と誰が付き合ったとかで――」

「なにそれ私知らないんだけど。教えてくれるかな?」


 ほんの少し怖さを感じる笑みを浮かべて秋花先輩がぐいと迫ってきた。これには答えないと引き下がってはもらえなさそうだ。


「あー、確か赤夜せきやあかねですよ。ってか言ってよかったのかな」

「まあまあ。どうせそんなの部活内なら遅かれ早かれバレるんだから。それにしてもあの子たちか……なるほどね。ありがとう」


 うんうん、と何度も頷きながら満足そうに秋花先輩は感謝を述べた。どうやら彼女にはこの回答で満足していただけたらしい。


「あちゃー、あの二人も秋花先輩にバレたら大変そうだなぁ」


 俺と同じ二年生の恋宮こいみやあおいは、苦笑いを浮かべながらそう言った。今の部室には、彼女と俺と秋花先輩の三人しか居ない。この時間、部員はダンジョン探索に出払っていることが多いが、逆に彼女はこの時間はここに居て魔道具や装備品をはじめとしたアイテムの整理を行っているのだ。特に、部員が探索に行ったあと、アイテムを漁るだけ漁ってぐちゃぐちゃにしたままの部員も多いものだから。


「そんな人聞きが悪い。別に広めたりはしないよ〜」

「でもそういうところで弱み握ってくるのが先輩じゃないですか」


 あはは、とどこか困ったように葵は笑った。


「うーん……まあ、否定はしないかな?」


 そう言って秋花はけらけらと楽しそうに笑う。

 ……うーむ、やっぱりいい性格してるなぁ。


「ってことで、色恋沙汰もないわけじゃないですよ」


 俺は少し話を戻して、秋花先輩にそう言った。


「言いたいことは分かるけど……連理くんとか、あと天音ちゃんにはそういう話ないの? 特にこないだなんて合同文化祭で別高校の子と関わったりもしたじゃない」

「なんで俺らなんですか」


 幸いというべきか、天音は今この場所には居なかった。居たらこの変人先輩は主に彼女のことを問い詰めていただろう。あの人、秋花先輩にしつこく聞かれたら変なことを言い出しそうだし。


「やっぱキミら仲いいじゃん? それに文化祭でも色々活躍してくれたし、絶対一つや二つあるんじゃないかと睨んでるのよ」


 ふっふっふ、と怪しげな笑みを浮かべながら先輩は言う。


「あ、それは正直分かります。実際何かしらないんですか?」


 さらに追い打ちをかけるように恋宮さんもそう聞いてきた。だが、色々と思い出を探ってみても、そういう類いの話は一切思い浮かばなかった。それぞれの学校から男女二名なはずなのに、色恋話が一つもないというのもそれはそれですごいのかもしれない。


「ないっすね」

「え〜、ほんとに〜?


 秋花先輩が残念そうに口を尖らせてそう聞いた。


「そうですよ。第一俺あんまり恋愛したいとか思ったこと無いっすから」


 俺に関してはその部分が一番大きかった。


「いやいや、君みたいな『俺、恋愛とか興味ないんで』みたいなタイプって案外ドツボにハマったりするのよ」

「あのそんな風に言った覚えはないんすけど?」

「どっちも変わんないよー。とにかくキミも恋愛しなさい! 私も今年度で卒業なんだから、新たなカップルの姿を見せてほしいの!」


 ついこないだあった合同文化祭は、他校と一緒に開催する都合上だとかで、初夏に開催された。ということは来年度はあと八ヶ月ちょっとでやってきてしまうわけで、目の前の秋花先輩も来年度はいないということになる。だから、特に仲のいい俺たちの色恋話を、早く掘り出さねばといているのだろう。いやなんでそうなるのかはよく分かんないけど。


「あー……まあ、天音あまねとか明里あかりとか零夜れいやとかに期待じゃないですか?」

「そう言いながら! キミも気づいたらあの子たちのこと呼び捨てになってるし! 正直私は期待したいわけ!」


 そういえば合同文化祭も終わって、お互いさらに仲良くなったし、俺からもわざわざ敬称は必要ないだろうという話になったのだった。俺自身納得するところもあったし、特に反論することもなくそれを受け入れたのだ。


「それは単に仲良くなったからで――」


 俺がそう反論しようとした瞬間、部室の扉がガラガラと音を立てて開いた。それに気がついて扉の方を見てみると、そこにはウチの部活の顧問――小野おの名花めいか先生が何か書類を持って立っていた。


「あ、秋花さんやっぱりここに居たんだ」

「最近はだいたい部室ですからね〜……その様子だと私に何か用があるみたいですが、どうしたんですか?」


 秋花先輩はオフィスチェアから立ち上がり、小野先生にそう言った。


「こないだ出してもらった探索報告書にミスがあったみたいでね。その確認をと思って……」

「え、そうなんですか!? 申し訳ないです……」


 小野先生の言葉を聞いた先輩は、あちゃーと額に手を当ててそう謝った。


「そうそう。今ちょっと大丈夫?」

「はい、大丈夫ですよ。ここで話します?」

「うん、ここでいいよ。じゃあちょっと椅子を借りて――」


 小野先生は部室の中にある棚に立てかけてあったパイプ椅子を借り、部室中央のテーブルの前に設置した。秋花先輩もそのテーブルの前にあった椅子に座り、二人で話を始めてしまった。


 どうやら俺の出る幕はもうなさそうだ。さて、俺もさっきまでやっていた非戦闘用アーティファクトの整理をしないとな。アーティファクトを弄るのは俺くらいしか居ないし、定期的にまとめておかないとどこかに消えてしまったりするのだ。それと、アーティファクトの使用許可とかの書類の類いもまとめておかないと。

 そんな風にしていると、すぐに下校の時間が来てしまい、俺は帰ることにした。


 ◇


 雨が降ったあとの土の匂いがつんと鼻を刺し、玄関先の軒からはぽたぽたと水の雫が滴っている。今、外は雨が降っていた。


「参ったなぁ……傘持ってきてないぞ」


 玄関前の靴箱の前で立ち尽くしながら、俺は呟いた。四月下旬の春の空は、雨雲で覆われてしまっていた。

 こうなってしまっては、とれる手段はせいぜい今手に持っているスクールバッグを頭の上に乗せ、走って帰ることくらいだ。意を決して俺が走りだそうとした時、後ろから誰かが声を掛けてきた。


「傘、持ってきていないんですか?」


 振り返ると、そこに居たのは翼野つばさの天音あまねだった。艶のある長い黒髪に、黒い瞳を持っている。彼女は先ほども秋花先輩との話に出ていた、俺と同じ学年のダンジョン探索部の生徒だ。どうやら彼女も、いつの間にかダンジョン探索から戻ってきていたらしい。おそらく先程学校に戻ってきたばかりだろうに、校内で一度も会わなかったのは単にどこかですれ違ったからだろう。

 彼女の手には、紺色を基調とした高そうなオシャレ傘が握られており、彼女自身が雨に濡れる心配はなさそうだ。


「天音ももう来てたのか――そうなんだよ、今傘持ってなくてな。走って帰るところ」


 はっはっは、と俺は笑ってそう言った。まあたまには雨に濡れるのも悪くないというものだ。こういうのは後で笑い話にすれば大抵がどうにかなる。


「大変じゃないですか?」


 天音は少し心配そうにそう声を掛けた。相変わらず優しい人だ。


「ま、こういうのも経験だよ経験。それに配信のネタにもなる」


 俺はいつもダンジョン探索の様子を配信するという、いわゆるダンジョン探索配信者をやっているし、そういうときのネタになるのは実際ありがたいのだ。


「何の経験ですか……配信者魂たくましいですね」


 天音がどこか呆れたように肩をすくめる。

 それから、彼女は手に持っている畳まれた傘を、くいと少し前に出すような動作をすると、俺にこう言った。


「私の傘、使いますか? 濡れるのも体に良くないですし」

「ん? あー……」


 その言葉に、俺はしばらく考え込んだ。使う、というのが具体的にどういう意味なのか分からなかったからだ。俺に渡して天音がそのままで帰る、という意味だろうとは思うが――もしかしたら『相合傘』になるのかもしれない――いやさすがに考えすぎか。

 それに前者だとしても、俺のミスで彼女に迷惑をかけるのは忍びない。ここは大人しく帰っておくのが吉だろう。


「いや、いいよ。俺の忘れ物で迷惑かけるのもよくないし。それじゃ!」


 俺はそう言うと、雨の中を急いで走っていった。途中、後ろで何かを言っている天音の声が聞こえた気がするが、ああいうのは構っていると余計話し込んでしまって帰るのが遅れてしまうものだ。


 ◇


 私、翼野つばさの天音あまねは玄関前で立ち尽くしていた。外には雨雲が広がっており、時折ぴちゃぴちゃと雨音がしていた。玄関先の軒から滴る水の音だと思う。

 今しがた、連理さんがカバンを雨の盾にして走り去っていったところだ。別に私は今持っている傘と一緒に折りたたみ傘も持っていたし、別にどちらかを使ってくれてもよかったのだけど。


「行っちゃった……」


 私はぽつりと呟いた。


 それにしても、あんなに走ることは無いと思う。何かが嫌だったのだろうか。

 私の言葉の意味が正しく伝わらなかったのかな? そう思い返してみるが、特に変なことは言っていないはずだ。

 手元に視線を落とすと、手には一つだけ畳まれた傘が握られていた。私の傘だ。


「……こう見たら、私が持ってる傘は一つだけ」


 そのうえで、使う? と言ったら、私がこれを渡すか、もしくは――いやまさか。

 もしそういう勘違いをされていたのだとしたら、とてつもなく恥ずかしいことになる。私はだんだんと耳のあたりが熱くなってくるのを感じながら、傘を開いて帰路についた。

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