第2話 お嬢様と二人で

 お嬢様から再び「始末」のお話を頂いたのは、私が初めてそのお仕事をしてからちょうど二週間がたった、晴れた初夏の午後のことでした。中庭の汗ばむほどの陽射しの中お洗濯物を干していた私は、お屋敷の扉の開く音に気付きました。何気なく振り返ると、真っ白いドレスの裾をはためかせながら、キャロルお嬢様がこちらへ小走りに駆けていらっしゃるのが見えたのです。 お洗濯物を干す手を止めて微笑んでみせた私に、お嬢様は開口一番これだけおっしゃいました。


「お洗濯が終わったら、後でお部屋に来てほしいの」

「はい。分かりました。ライアさんにもお伝えしましょうか」

「ライアはお買物に行ってもらっているから夕方まで帰らないわ。今日はベスだけに用事があるのよ」

「は、はい・・・それでは後ほど・・」


 釈然としない様子で頷く私を見て、お嬢様はクスクスっと悪戯っぽい笑顔をこぼしながら帰って行かれました。私だけの用事っていったいなんでしょう・・・なんだか少し以前にもこういうシチュエーションがあったようなことを唐突に思い出して、私はハッと我に返りました。 頭を掠めたのは、つい先々週ライアさんと二人でハムスターの子を始末した不思議な体験でした。私はそのときを境に、物を踏み潰すことに特別な感情を抱くようになってしまったのです。靴底を通じて伝わる喩え難い感覚、弾力を失いながら私の足の下で潰れていく物のたてる激しい音、とても残酷なことを自分自身がやっているんだという嗜虐感、全てが快感以外の何者でもありませんでした。 本当のことをいうと、あれから何回もお仕事中にこっそりお庭に咲いているお花を踏みにじってみたりしたのです。ただ、確かにほのかな気持ち良さは感じるのですが、どうしてもそれ以上の興奮を得ることは出来ませんでした。はっきりとは言えないんですけど、私は何かしらもっと残酷なことがやってみたかったんだと思います。お花や物はどんなに激しく踏んでも抵抗しませんし、苦しみもしません。それが私には不満だったんです。 ですから、お嬢様のご用事がお屋敷の生き物の始末ならどんなにいいだろうと、私は陽射しの中でぼーっと夢想してしまいました。はじけ飛んだハムスターの血がライアさんの足を赤く濡らした光景は忘れようとしても忘れられるものではありません。 ・・・しばらく惚けていた私は、お洗濯物を干す手が完全に止まってしまっていることに気付きました。足元に置きっ放しになっているランドリーバスケットから次のシーツを取り上げます。しかし、自分でも洗濯挟みを握る手が微かに震えているのが分かっていました。お洗濯物が全部片付くのには、それから20分もかかってしまいました。


「遅かったわね」


 赤い顔をしたままお部屋に入った私に、お嬢様が言います。でもその口調は少し楽しんでいる風でした。


「この間みたいに、また後始末してもらうものが出来たの」


 やはり私の思っていた通りでした。心臓がドキドキし始めたのが手に取るように分かります。


「は、はいっ」

「あら?今日は前みたいに嫌がらないのね」 「あ!っとえっと・・・そのっ・・」


 私は内心を見透かされたように口篭もってしまいました。これだと自分から進んで後始末がしたいと言っているのと同じです。私は真っ赤になって視線を床にさ迷わせます。


「あははっ。ごめんなさいね。本当はライアからベスのこと聞いてたの」

「え・・・ライアさんから?」

「えぇ、そうよ。ラフィスの子の始末はベスの方がよっぽど楽しんでたってね」 「・・・・・」


 私は耳たぶまで真っ赤に火照らせて俯いたまま何も言えません。お嬢様は下から覗き込むようにして楽しそうに私の顔を見上げるんです。


「うふふっ。恥ずかしがらなくてもいいのよ。ベスにそういう趣味があっても全然構わないし、私は逆に嬉しいの。ライアから聞いてるでしょ?私もライアも結構楽しんでやっているから、何もベスだけが特別ってわけじゃないわ」

「そ、そうでしょうか・・・」

「もちろんよ。だから今日のお仕事はベスに回してあげたの。ライアはいないから私と二人でやりましょ?」

「は、はい・・・」


 一応小さい返事をしてはみましたけど、私の胸は期待で張り裂けそうでした。緊張してこくんと唾を飲む私が顔を上げたのを見て、お嬢様が続けます。


「今日は子供を産んで・・ってわけじゃないんだけど、お屋敷のネズミを三匹ほど始末するの」

「ね、ネズミですか?」


 思わず聞き返してしまいました。ハムスターの赤ちゃんと違って、ネズミはすばしっこくて、汚いイメージがあります。それに、ある程度の大きさもあるはずです。あんなに小さいハムスターの子ですら、踏み潰すのには奇妙な抵抗と、そして背徳的な興奮があったのに、もっと大きな、そしておそらくはもっと強い抵抗を示すであろう生き物を踏み殺すだなんて……。私の想像は、恐怖と、そしてそれ以上に得体の知れない期待感で膨らんでいきました。


「えぇ、そうなの。厨房の裏とか、物置とかにたまに出るのよ。見つけ次第捕獲して、こうやって定期的に始末してるの。放置しておくと、あっという間に増えてしまうから」


 お嬢様は事もなげにおっしゃいますが、私の心臓は早鐘のように鳴り続けています。ネズミ。あの素早く動く灰色の生き物。それを、この足で?


「でも、どうやって……。ネズミは動きが速いんじゃ……」

「ふふ、心配いらないわ。もう捕まえて、動けないようにしてあるから」


 お嬢様は悪戯っぽく微笑んで、部屋の隅にある鳥かごのようなものを示しました。近づいてみると、それは頑丈そうな金網で作られた箱で、中には三匹の灰色のネズミが、互いに身を寄せ合うようにして震えています。思ったよりも小さいですが、それでもハムスターの赤ちゃんよりはずっと大きい。つぶらな黒い瞳が、不安げにこちらを見上げています。


「これを、これから二人で始末するのよ」


 お嬢様の声は、どこか弾んでいるように聞こえました。


「は、はい……」

「でもね、ベス。今日の『お仕事』は、いつもと少し趣向を変えたいの」

「趣向、ですか?」

「そう。ベスにも、もっと楽しんでもらいたいから」


 お嬢様はそう言うと、クローゼットの方へ歩いていきました。そして、中から一枚のドレスと、一足の靴を取り出してきたのです。


「これを着てみてくれる?」


 差し出されたのは、お嬢様がよくお召しになっている、オフホワイトのシルクのドレスによく似た、しかし少しデザインの違う、淡いピンク色のドレスでした。そして、靴は……。


「こ、これは……」


 私の目に飛び込んできたのは、純白のエナメルで作られた、息をのむほど美しいポインテッドトゥのパンプスでした。ピンのように細く高いヒールが、危うげな魅力を放っています。私が普段履いている、黒くて実用的なメイド用のパンプスとは、何もかもが違いました。


「お嬢様、こんな素敵なものを、私が……?」

「いいのよ。今日の『お仕事』のための、いわば『制服』みたいなものかしら。それに、ベスの黒いパンプスじゃ、ちょっと物足りないでしょう?」


 お嬢様は楽しそうに笑います。物足りない、とはどういう意味でしょう……。まさか、踏み潰すのに、ということでしょうか。


「さ、着替えてみて。サイズはベスに合うように、少し直してあるはずだから」


 促されるままに、私はメイド服を脱ぎ、その淡いピンクのドレスに袖を通しました。シルクの滑らかな感触が肌に心地よいです。鏡に映った自分の姿は、まるで別人のようでした。いつもの地味なメイドではなく、どこかのお屋敷のお嬢様……とは言い過ぎかもしれませんが、それでも、普段の自分とはかけ離れた華やかさがありました。

 そして、最後に白いエナメルのパンプスに足を通します。足を入れた瞬間、キュッと革が締まるような感覚がありました。爪先は鋭く尖り、高いヒールは私の身体を不安定に支えます。歩くのさえ、少し慣れが必要そうです。


「まあ、綺麗……!とっても似合ってるわ、ベス」


 お嬢様は手を叩いて喜んでくださいました。


「ありがとうございます……。でも、こんな素敵な格好で、ネズミを……?」

「えぇ、そうよ。だって、その方がずっと興奮するじゃない?」


 お嬢様は蠱惑的に微笑みます。その笑顔は、いつもの無邪気さとは違う、どこか倒錯した響きを帯びているように感じられました。お揃いのような美しいドレスと、華奢で危うげなパンプス。これで、これから汚いネズミを踏み潰す……。そのギャップが、私の心に言いようのない興奮を呼び起こしていました。


「さ、準備はいいかしら?まずは私がお手本を見せてあげる」


 お嬢様も、いつの間にか私とお揃いのような、しかしより洗練されたデザインの白いドレスに着替え、そして足元には、同じく白いエナメルの、さらにヒールの高いパンプスを履いていらっしゃいました。二人並ぶと、まるで双子の姉妹のようです。


 お嬢様は、ネズミの入った金網の箱を手に取り、中庭へと私を誘いました。先ほどまで洗濯物を干していた、明るい陽射しが降り注ぐ場所です。


「ここでやりましょう。後片付けもしやすいし」


 お嬢様は、花壇の縁のコンクリートの上に、金網の箱を置きました。そして、箱の小さな扉を開けると、中から一匹のネズミを、素手で無造作に掴み出しました。ネズミは「キィキィ」と甲高い声を上げて暴れますが、お嬢様の手の中で必死にもがくだけです。


「見ててね、ベス」


 お嬢様はそう言うと、ネズミをコンクリートの上に放しました。ネズミは一瞬戸惑ったように動きを止めましたが、すぐさま逃げようと走り出します。しかし、お嬢様の白いパンプスの方が、ほんのわずかに早かった。


「まずは、こうやって……少しだけ、ね」


 お嬢様は、逃げようとするネズミの尻尾を、その鋭いポインテッドトゥの爪先で、軽く、しかし確実に踏みつけました。

「キィィッ!」

 ネズミは悲鳴を上げ、必死に前へ進もうとしますが、尻尾を踏まれていては思うように動けません。白い靴の先で押さえつけられ、コンクリートの上で虚しく前足をもたつかせています。


「ふふ、可愛いわね。一生懸命逃げようとして」


 お嬢様は楽しげに呟くと、今度はネズミの胴体を、ヒールで軽く踏みました。体重をかけすぎず、しかし確実に動きを封じるように。ネズミは苦しげに体をよじらせながら、さらに甲高い悲鳴を上げます。


「ベス、どうかしら? こうやって、少しずつ痛めつけてあげるの。すぐに殺してしまうのは、勿体ないでしょう?」


 お嬢様の目は、恍惚としているように見えました。白いパンプスが、苦しむネズミの上で、まるで生きているかのように微かに動いています。


「……はい」


 私は息を詰めて、その光景を見つめていました。残酷なはずなのに、目が離せないのです。お嬢様の白いパンプスの先端が、ネズミの灰色の毛皮に食い込み、小さな体を苛んでいます。そのコントラストが、妙に美しく、そして官能的にさえ感じられました。


「じゃあ、そろそろ……」


 お嬢様は、焦らすようにしていたヒールに、ゆっくりと体重をかけ始めました。

ピキッ……ミシッ……

 鈍い音が響きます。ネズミの骨が軋む音でしょうか。ネズミの悲鳴は、もはや音にならないような、かすれた喘ぎに変わっていました。


「もっと、もっと苦しんで……?」


 お嬢様は囁くように言うと、ヒールをぐりぐりと捻り込むように動かしました。ネズミの体は歪み、口からは赤いものが僅かに覗いています。

 そして、次の瞬間。


ぶちっ!!


 お嬢様は、細く高いヒールに全体重を乗せ、一気にネズミの頭部を踏み抜きました。熟した果実が潰れるような、湿った音。ネズミの体は一瞬痙攣したかと思うと、すぐに動かなくなりました。頭部は完全に砕け、脳漿のようなものが白いパンプスの周りに飛び散っています。


「……ふぅ。終わり」


 お嬢様は、何事もなかったかのように足を離しました。そこには、頭部を失い、胴体だけが歪んだ形で残ったネズミの骸が転がっています。お嬢様の白いパンプスのヒールと先端は、赤黒い体液で汚れていました。


「どう、ベス? なかなか見応えがあったでしょう?」


 お嬢様は、満足げに微笑んで私を見ました。


「は、はい……」


 私の声は掠れていました。心臓はまだ激しく波打っています。恐怖と、嫌悪感と、そして、否定しきれない興奮が、私の中で渦巻いていました。お嬢様の、あの残酷なまでの冷静さと、獲物を嬲るようなサディスティックな行為。それが、なぜかとても魅力的に見えてしまったのです。


「さ、次はベスの番よ」


 お嬢様は、金網の箱から、もう一匹のネズミを掴み出しました。先ほどよりも少し大きいようです。


「大丈夫。私が教えてあげるから」


 お嬢様は、ネズミを私の足元に放しました。ネズミは怯えたように、しかし素早く走り出そうとします。


「ベス! 早く!」


 お嬢様の声に促され、私は反射的に右足を踏み出しました。白いエナメルのポインテッドトゥが、逃げるネズミの背中を捉えます。


バシッ!


 靴底の下で、柔らかな、しかし確かな抵抗を感じました。ハムスターの赤ちゃんとは違う、骨張った感触。ネズミは私の足の下で必死にもがいています。その振動が、パンプスの薄いソールを通して、私の足裏に直接伝わってきました。


「そうよ、ベス! まずは動きを止めて!」


 お嬢様の声がすぐ隣で聞こえます。私は、お嬢様がやったように、爪先に体重をかけ、ネズミの動きを封じました。

「キィ! キィィィ!」

 足の下で、ネズミが狂ったように鳴き叫んでいます。その甲高い声が、私の興奮を煽りました。


「どうするの、ベス? このまま少し嬲ってみる?」


 お嬢様の悪戯っぽい声。私は、ゴクリと唾を飲み込みました。足の下で、小さな命が必死に抵抗している。その感触が、たまらなく刺激的でした。

 私は、お嬢様の真似をして、ヒールでネズミの体を軽く踏んでみました。

「ギッ!」

 ネズミの体が弓なりにしなります。苦痛に歪む小さな顔が見えました。私は、その表情を見て、さらに強い衝動に駆られました。もっと、もっと苦しめてやりたい。


「ふふ、いいわよ、ベス。その調子」


 お嬢様が囁きます。

 私は、ゆっくりと、しかし確実に、ヒールに体重をかけ始めました。ミシミシという音と共に、ネズミの体が潰れていく感触が伝わってきます。抵抗が次第に弱くなっていくのが分かりました。


「あ……あぁ……っ」


 思わず、声が漏れました。足裏から伝わる、命が砕けていく感触。それは、前回ハムスターを潰した時とは比べ物にならないほど、強烈な快感でした。


「最後は、一気に!」


 お嬢様の声が合図でした。私は、残った力を振り絞り、全体重をかけてヒールを踏み込みました!


ぶちゃっ!!


 先ほどよりも鈍く、そして生々しい音。ネズミの体は完全に潰れ、内臓や体液が、私の白いパンプスの周りに飛び散りました。靴の側面にも、点々と赤い染みが付いています。


「……はぁっ、はぁっ……」


 私は肩で息をしていました。足元には、もはやネズミとは呼べない、赤黒い肉塊が広がっています。自分のしたことの残酷さに、一瞬、眩暈を覚えました。しかし、それ以上に、全身を駆け巡る興奮と、達成感のようなものが、私を満たしていました。


「よくやったわ、ベス! すごく上手だった!」


 お嬢様が、私の肩を抱いて褒めてくれました。その声は、心からの称賛に満ちています。


「私よりも、ずっと大胆だったかもしれないわ」

「そ、そんな……」

「ううん、本当よ。ベスには、こういう才能があるのね」


 お嬢様は、私の汚れたパンプスを覗き込みながら言いました。


「あら、こんなに汚してしまって。でも、それも『お仕事』を頑張った証拠よ」


 お嬢様の言葉は、私の罪悪感を和らげ、代わりに倒錯した誇りのような感情を芽生えさせました。この美しいパンプスが、汚いネズミの血と肉で汚れている。その事実が、なぜかとても甘美に感じられたのです。


「さ、最後の一匹も片付けましょうか」


 お嬢様は、最後のネズミを箱から取り出しました。一番小さな個体です。


「これは、二人で一緒にやりましょう」


 お嬢様はそう言うと、ネズミをコンクリートの上に置き、私と背中合わせになるように立ちました。


「いい? 私が合図したら、同時に踏むのよ」

「は、はいっ」


 私たちは、それぞれの白いパンプスを、怯えて動けなくなっている小さなネズミの上に構えました。私の心臓は、期待と興奮で破裂しそうでした。お嬢様と二人で、一緒に命を終わらせる。その共犯関係が、私を酔わせました。


「せーのっ!」


 お嬢様の合図と同時に、私たちは体重をかけました。

「ぶちゃっ!」

 二つのヒールに挟まれたネズミは、抵抗する間もなく、一瞬で潰れました。私とお嬢様のパンプスの間に、赤い染みが広がります。


「ふふ、これで終わりね」


 お嬢様は、満足そうに微笑みました。


「後片付けは、私がしておくわ。ベスは、そのドレスと靴のままで、少し休んでいて」

「でも……」

「いいのよ。今日のベスは、お客様みたいなものだもの」

 お嬢様は、どこからかホースとブラシを持ってきて、手際よくコンクリートの上を洗い流し始めました。血と肉片は、あっという間に水に流され、元の綺麗な花壇の縁石に戻っていきます。まるで、何も起こらなかったかのように。


 私は、まだ興奮の冷めやらぬまま、中庭のベンチに腰掛けていました。淡いピンクのドレスと、汚れた白いパンプス。自分の足元を見つめながら、先ほどの出来事を反芻します。ネズミの断末魔の悲鳴、足裏に伝わった骨の砕ける感触、そして、全身を貫いた、あの強烈な快感……。

 あれは、間違いなく快感でした。ハムスターの時とは比べ物にならない、もっとずっと強く、鮮烈な喜び。私は、自分の中に眠っていた、残酷な本能が目覚めてしまったことを、はっきりと自覚していました。そして、それを怖いと思う気持ちよりも、もっと知りたい、もっと経験したいという欲求の方が、強く湧き上がってくるのを感じていたのです。

 お嬢様が、後片付けを終えて隣に座りました。


「お疲れ様、ベス」

「お嬢様こそ……」

「どうだった? 今日の『お仕事』は」

「……すごく……」


 言葉に詰まる私を見て、お嬢様は優しく微笑みました。


「楽しかったでしょう?」

「……はい」


 私は、正直に頷きました。もう、取り繕う必要はないと思ったのです。


「よかったわ。ベスにも、この『楽しみ』が分かってもらえて嬉しい」


 お嬢様は、私の手をそっと握りました。


「ライアもね、最初はベスみたいに戸惑っていたのよ。でも、何度か経験するうちに、だんだんと……ね」


 お嬢様は、意味ありげに言葉を切りました。


「私たちグランドール家の女は、どこか、こういう『業』のようなものを背負っているのかもしれないわね」


 その言葉は、私の心に深く染み入りました。業……。そうだ、これは抗えない、甘美な業なのかもしれない。


「このドレスと靴は、ベスにあげるわ」

「えっ!? そんな、いただけません!」

「いいのよ。今日の『お仕事』のご褒美。それに、きっとまた、すぐに使うことになるでしょうから」


 お嬢様は、悪戯っぽくウィンクしました。


「次は何を『始末』しましょうか? もっと大きくて、もっと手応えのあるものがいいかしら?」


 その言葉に、私の背筋がゾクゾクしました。もっと大きなもの……。それは、一体何を意味するのでしょう。想像するだけで、口の中に唾液が溜まります。


「……楽しみです、お嬢様」


 私の口から、自然とそんな言葉が出ていました。お嬢様は、満足そうに頷くと、私の頬を優しく撫でました。


「ふふ、頼もしいわ、ベス。これから、二人でもっともっと、楽しい『お仕事』をしましょうね」


 その日以来、私の日常は少しずつ、しかし確実に変わっていきました。ライアさんとの関係は相変わらず良好で、彼女は私の変化に気づいているのかいないのか、以前と変わらず優しく接してくれます。お嬢様との関係は、あの二人だけの秘密の「お仕事」を通じて、より親密な、そしてどこか倒錯した絆で結ばれたように感じられました。旦那様が屋敷に不在であることも、私たちの秘密の関係を深める要因になっているのかもしれません。


 頂いたピンクのドレスと白いパンプスは、私の部屋のクローゼットの奥に、大切にしまってあります。時々、誰もいない時にそれを取り出しては、そっと足を入れてみるのです。あの日の興奮と快感が、鮮やかに蘇ってきます。パンプスについた、洗っても完全には落ちきらなかった微かな染みを見るたびに、私の心は高鳴りました。


 庭で虫を見つければ、無意識のうちに足で踏み潰してしまうようになりました。最初は小さなアリやダンゴムシ。プチッという小さな音と、靴底に伝わる微かな感触。それだけでも、以前にはなかった奇妙な満足感を覚えるのです。ある日、誤って洗濯物についていた大きな芋虫を踏んでしまった時、緑色の体液が飛び散るのを見て、思わず口元が緩んでしまった自分に気づき、ハッとしました。私は、確実に変わってしまっている。残酷な行為に、快感を覚えるようになってしまったのだと。


 そして、私は次の「お仕事」を、心のどこかで待ち望むようになっていました。お嬢様と一緒に、あの美しいドレスとパンプスを身につけて、もっと大きな、もっと手応えのある何かを「始末」する日を。あの、背徳的で甘美な快感を、もう一度味わいたいと、強く願うようになっていたのです。私の心は、もう後戻りできないところまで来てしまっているのかもしれません。お嬢様と二人で踏み出す、この倒錯した世界への道は、まだ始まったばかりなのですから。

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