すてきな有精卵
すてきな有精卵
作者 縦
https://kakuyomu.jp/works/16818622173015332344
悪魔と女が天使殺害後に卵を巡り愛と残酷が交錯する冬の物語。
ファンタジー。
純文学寄りのエンタメ小説。
耽美幻想サスペンス。独創的かつ幻想的な作品で、詩的な描写と残虐性の同居が印象的。読者層は限られるのではと感じる。
三人称、女みう視点と神視点で書かれたですます調の文体。詩的で映像的描写が豊富。寒冷な自然描写と残虐行為の美化を合わせ、語りは細やかな心理と情景を絡める特徴がある。言葉は時に比喩的で、テンポは緩やか。
女性神話の中心軌道に沿って書かれている。
三幕八場の構成になっている。
冬の森で悪魔と女が天使の死体を燃やしている情景から始まる。
二場 目的の説明
女は悪魔から天使殺害の理由を聞き、唯一の共犯者として手助けをしてきた経緯が語られる。
二幕三場 最初の課題
天使の体を解体中に美しい有精卵が見つかり、悪魔が動揺する。
四場 重い課題
卵を自宅に持ち帰り、悪魔は四六時中眺め続ける。女は証拠として危険視し不安を募らせる。
五場 状況の再整備、転換点
天使の夫が訪ねてきて詰問、悪魔が彼を殺害。女は悪魔の行動に胸中を巡らせる。
六場 最大の課題
女は決意し、卵を欲しいと頼み、悪魔との駆け引きの末キッチンへ持ち込む。
三幕七場 最後の課題、ドンデン返し
女は卵を調理し、衝動的に生食。愛と害の近接を感じ、悪魔との関係を信じる心理が描かれる。
八場 結末、エピローグ
女の問いに悪魔は不器用に頷き、ノルマ達成の曖昧な終幕を迎える。
デートの謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関係し、どのような結末を迎えるのか気になる。
心情「こんなに物騒なデートは初めてでした」語り手の感情と主観が立ち上がり、
遠景「山は鉛のように冷えています。ぽたぽたと椿の花の首が落ち、静寂があらゆる枝に癒着する、月の無い冬の夜でした」舞台全体を描き、近景「一人の女の肩がぶるりと震えます。若い女でした。マフラーに染めたての茶髪をしまい込み、焚き火に真っ赤な両手のひらを向けて、どうにか暖を取っていました」遠景の冷たい山から焚き火の光と女の仕草が繊細に描かれ、心情「炎は小さいながら勢いが強く、女の背後に幾重もの影を揺らめかせています」内面へ再び滑り込んでいく。
「心情→遠景→近景→心情」の順で構成され、最初の一文が語り手の感情で始まることで、すぐに人間的な興味を持ち、静かな世界(遠景)に導かれ、登場人物の姿(近景)と心理(心情)へと近づいていく。
冬の寒さに震え焚き火で暖をとる女の描写から、可哀想に思う。
悪魔から秘密を特別に打ち明けられ嬉しく思い、ためらいなく協力する素直さに、人間味を感じる。
緊張しながらも恋人のために行動できる献身は、誰もが望む資質。
これらに共感して読み進めていく。
美と残酷が同居する世界観、映像的な自然描写、悪魔と女の関係の不穏な愛情表現、卵の象徴性などが興味深く、よく書かれている。
五感描写は、登場人物の心理を説明せずとも感じさせる力となり、「美しい罪」「冷たい愛」の空気を体感させている。
視覚は、冷たい山や焚き火の小さい炎、溶ける翼、オパールのように輝く卵な。
聴覚は、火種の爆ぜる音、悪魔の芝居がかった声、打撃音など。
嗅覚は、焦げ、血、潮、炊かれた卵の香り、錆びた潮の臭い。
触覚は、冷気と炎、悪魔の冷たい手、羽やマフラーの感触。
味覚は、卵を飲む場面で生臭さと無味を強調し、禁忌を身体感覚で伝える。
主人公の弱みは、悪魔への盲目的な愛情により、危険や道徳的判断を棚上げしがち。衝動的な行動(卵生食)も弱み。
「そして、という、ように」など水増し表現やこそあど言葉の指示代名詞を削るか置き換えるかすると、伝わりやすくなると考える。
悪魔と女の異様な愛に引き込まれて読み進めていけるのだけれども、「なぜ悪魔がその天使を選んだのか」「なぜ殺さなければならなかったのか」ほんの一行でも示されていると、物語の厚みが格段に増すのではと考える。
殺した後、卵を大事に残していたことから考えると、悪魔は女の天使のことが好きだったのかもしれない。でも天使と悪魔では結ばれないだろうし、旦那がすでにいた。それでも好きで、自分の思い通りにならないならばと殺すことにしたのかもしれない。
主人公の女の名前は「みう」なのに、「みゆ」と間違い続けているのはなぜだろう。
ひょっとすると、殺した女天使の名前が「みゆ」なのかもしれない。
さらに、殺すのを手伝わせたのは、主人公の女が、女天使と仲が良かっただけではなく、どこか似ているところがあったのではと邪推する。
自分に振り向いてくれない天使より、振り向いてくれるよく似た人間の女に心を移して、悪魔は天使を殺したのだろうか。
「悪魔は一生のうちに、天使を一人、消さなくてはいけない」のなら、旦那の天使も手にかけたので、すでに一人殺したことになる。
卵を食べて完遂する必要はなかったのでは、と考えられる。
それでも女が卵を食べたのは、残しておくと悪魔の愛が死んだ女天使にむいたままで、女のものにならないからだろう。
そもそも、天使を殺したことを誰にも知られてはいけないのに、どうして悪魔は人間の女に手伝わせたのかしらん。
知られてはいけない相手とは、おなじ悪魔や対象の天使だけで、人間はカウントされないのかもしれない。
この考えが正しいのかどうかもわからないので、動機の背景がもう少しわかるといいのにと思った。
「みゆ/みう」名前のズレは、非常に秀逸な伏線だと思う。
中盤で間違わられていることが明かされているが、それまでに微妙な違和感を感じさせておくと、ラストの衝撃がぐっと際立つと考える。
最後まで名前を間違いながら読んでいる悪魔に、未練を立って自分を見てもらうために、天使のたまごを食べたのだろう。
だとするなら、悪魔が呼びかけたときに女が「一瞬眉を動かした」など、小さな反応を描きいれておくと、読み手も「何かおかしい」と感じ取れるだろう。
全体的に、冷たさと暖かさの対比が上手く書かれている。
悪魔が卵を大事にしていたのは、女天使への未練と、愛情が残っていて、ひょっとしたら卵から天使が生まれたら、自分を愛してくれるかもしれないという思いがあったのではと想像する。だから自分のマフラーを優しく卵に巻き付けては大事にしていたのだろう。
でも悪魔は、女を暖めようとはしていない。
それが、ラストの卵を食べる行為へとつながっていくのだろう。
食べた女に対して悪魔は、魚の目でみつめて「みゆちゃん……おいしい?」と問いかけ、女はこの世の幸せなものを一身に浴びているといったふうに、にっこりと笑って見せている。
悪魔には、女こそが悪魔に見えていたに違いない。
ラストで「愛しの悪魔は、背中の麗しく真白い翼をざわざわ蠢かしてから、ぎこちなく頷きました。きっと後ろめたさがあるのでしょう」とある。
ひょっとしたら悪魔と言っているけれども、天使だったのかもしれない。
自分の好きな天使が、他の男天使とくっついてしまったので、振り向かないなら殺してしまおうと思って行動したのだろうか。
読後、タイトルを見直す。
暖めていたら孵ったかもしれない。
実は天使と悪魔は比喩で、養鶏場で卵を収穫しては屠殺したら雄鶏が雌鶏を探しにきたので締めて美味しく食べたという話、ではないと思うのだけれども、不穏な美しさに惹かれつつも、倫理的葛藤と卵の象徴が深く刺さってくる。文章も良くて流れもいいのだけれども、耽美でグロテスクなファンタジーだった。
愛は難しい。
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