レモン爆弾

レモン爆弾

作者 はねず

https://kakuyomu.jp/works/16818622177416650364


 遠野が教室に置いたレモンがきっかけで、心の爆弾を抱えた沖田少年が一歩を踏み出す青春譚。


 疑問符感嘆符のあとはひとマス開ける等は気にしない。

 現代ドラマ。

 思春期の揺れる心と、小さな勇気の物語。

 日常の中の「異質」を通して、主人公が自分自身を認め、世界を少しだけ変える一歩を踏み出す様子が丁寧に描かれている。

 五感を使った描写や、静かなユーモアが作品に深みを与えている。

 純文学寄りの青春小説として、完成度が高い。

 梶井基次郎の『檸檬』から発想されたのだろう。主人公の沖田と同じく、作者も一歩を踏み出したのだ。


 主人公は高校三年生の沖田。一人称、僕で書かれた文体。自分語りで内面描写が非常に丁寧に書かれ、比喩や色彩、五感を多用し、情景や心情の機微を細やかに表現されている。会話は自然で、キャラクターの個性が際立つ。静かなトーンの中に青春の苦さと瑞々しさが漂わせ、日常の中の異質や違和感を強調し、文学的な雰囲気がある。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 三幕八場構成からなっている。

 一幕一場 状況の説明、はじまり

 梅雨が早く明けた六月、受験を控える高校三年生の沖田は、朝の教室で教卓の上にぽつんと置かれたレモンを見つける。教室はレモンの存在でざわつき、クラスメイトたちは好奇心を隠さない。沖田は、そのレモンを置いたのが同じ文芸部の遠野だと知っている。

 二場 目的の説明

 放課後、文芸部の部室で沖田は遠野にレモンのことを問いただす。遠野は「レモンは爆弾だ」と語り、思春期の鬱屈や閉塞感を壊すための象徴としてレモンを置いたのだと明かす。沖田もまた、自分の中にくすぶるものがあると自覚し始める。

 二幕三場 最初の課題

 翌朝、沖田は明るく努力家の佐野と登校する。佐野との会話の中で、沖田は自分の劣等感や嫉妬心、自己否定に苦しむ。佐野の眩しさに圧倒されつつも、沖田は自分も何かを変えたいと密かに思う。

 四場 重い課題

 その日、遠野が遅刻してくる。普段は遅刻や欠席をしない遠野の異変に、沖田は不安を覚える。遠野の背中に「戦っているもの」を感じ、自分も何か行動したいと強く思う。沖田は遠野のレモンに触発され、自分も爆弾を仕掛ける決意を固める。

 五場 状況の再整備、転換点

 沖田はレモンとタイマーを使った「レモン爆弾」を複数作り、早朝の学校に忍び込んで各教室に設置する。緊張と高揚の中で作業を終え、自分のクラスにもレモン爆弾を置く。そこへ佐野が現れ、レモンの音に気づくが、沖田は必死にごまかす。佐野は「面白いこと考えるな」と沖田に微笑む。

 六場 最大の課題

 レモン爆弾騒ぎは学校中に広がり、先生たちによってすぐに回収されるものの、生徒たちの間で話題となる。沖田は自分の行動が誰かに届いたこと、そして佐野に認められたことに小さな誇りと喜びを感じる。しかし、遠野の反応が気がかりで、昼休みに文芸部の部室を訪れる。

 三幕七場 最後の課題、ドンデン返し

 部室で遠野と再会した沖田。遠野は「爆弾、爆発させればよかったのに」と冗談めかして言うが、沖田は「僕らの世界を吹っ飛ばせればいいんだ」と答える。遠野は沖田の変化を感じ取り、呆れつつも嬉しそうな表情を見せる。沖田は余ったレモン爆弾を遠野に渡し、「君もどこかに置いてみなよ」と勧める。

 八場 結末、エピローグ

 窓から夏の風が吹き込み、遠野と沖田は静かな連帯感を分かち合う。野球部の掛け声や夏の音が響く中、沖田は「今年の夏は、今までで一番良い夏になる」と予感する。二人の心には、確かな変化と新たな一歩が刻まれる。


 教卓にレモンの謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 遠景で「教卓の上に、レモン」と映像的なインパクトをみせ、近景で「普段よりも些か賑やかな朝の廊下に、何かあったのだろうかと思っていたら、どうやら噂の原因はこの教室にあったらしい」と、一歩引いた感じに説明が始まり、心情で「教室に入るなり目に飛び込んできたレモンは、濃い茶色の木材でできた教卓の上にひとつ、軋むような黄色が異質だ。それは彩度の異物感であり、物体そのものとしての異質さでもある」と語りながら深く入っていく。

 いつもと違う朝の風景に興味が湧く。

 なぜレモンがあるのか、様々な憶測をしながら席につき、季節は六月の中旬、しかも置いたのは誰か、心当たりがある。

 レモンの謎だけでなく、主人公が犯人に心当たりがあることでも、興味が湧いてくる。


 梶井基次郎の檸檬を読んでいる遠野。本物を爆発察せたらけが人が出るからとしながら、「思春期の人間というものは起爆剤を抱えてるものだから」としつつ、彼女は自身の爆発理由を語らない。

 遠野の「戦っているもの」や「遅刻の理由」など、背景や動機がやや曖昧かつ抽象的。読者の中には、なぜだろうと感じる人もいるだろう。もう少し具体的なエピソードや描写があると共感が深まる気がする。

 ただ、意図的な余白とも取れる。

 高校三年生であり、受験を控えている。最近は半分以上が、夏までには志望大学が決まる。物語の季節は六月なので受験が近く、追い込みの時期。休んでいられないし、ストレスも溜まる。

 受験絡みで戦っているのは想像できるので、主人公と同じ年齢の読者なら察することができるだろう。


 かわりに、主人公の書かているものが描かれている。

「昔から周りに合わせてばかりで、ろくに努力もできない。何かを生み出す事もできない。おかげで、自分のやりたいことも得意なことも見つけられない。気づけばもう受験生で、成長しなければいけないのに、ずっと足踏みしているような感覚。他人ばかりを羨んでしまう。どこか息苦しくて、色の抜けた世界に生きているようだ。こんな世界ごと吹き飛ばしてしまえたら、この気分も晴れるのだろうか」

 変化していく状況に巻き込まれながら、求め、欲して、変えようと、望んで自ら掴みにいこうともせず、「世界なんて終わってしまえばいいのに」「日本終わった」みたいなことを安易に口にしたり思ったりしながら手にできるものだけをただ消費して消耗し、ジリ貧になっている人の考え方な気がする。

 心が弱っているときはそんなことを思ってしまう。そんな読者なら、主人公の気持ちがわかると思う。


 佐野というキャラクターが実にいい。

「素直で、努力家で、人当たりもいい。どう見たって完璧な人とは存在するものなのだ」主人公と対極にあり、嫉妬してしまう。憧れているからだろう。

 遠野の老いたレモンに対しても、「不思議な事もあるもんだと思ったくらいしか」というくらいで、彼に影響を与えてもいない。

 誰にも遠野の思いは届いていない。だから、自分がやるのだろう。憧れている彼にも届くように。

 佐野との関係性も、もう一歩踏み込んだ描写(例えば、過去のエピソードや対立)があると、沖田の心理がより立体的になるかもしれない。


 主人公の心の揺れや成長がリアルに描かれているところが実にいい。遠野や佐野など、脇役も個性的で魅力的。思春期の葛藤や、他者への憧れ・嫉妬・連帯感が現実的に伝わる。

 五感や色彩、温度感のある描写により情景に入り込みやすい。

 レモンというモチーフが印象的で、物語全体に統一感があってよかった。


 五感描写は、登場人物の心情や物語のテーマと密接に結びつき、読者に鮮やかなイメージと臨場感を与えている。

 視覚では、教卓の上の「軋むような黄色」のレモン、濃い茶色の木材、白いカーテン、短い髪の毛、夏の強い日差し、校庭の風景など、色彩や形状のコントラストが細やかに描かれている。レモンの鮮やかな黄色は、日常の中の異質さや主人公の内面の揺らぎを象徴。

 聴覚では「チッチッチッ」というタイマーの音、蝉の鳴き声、野球部の掛け声や球を打つ音、廊下のざわめきなど、場面ごとに響く音が情景のリアリティを増し、主人公の緊張や高揚、日常の活気を際立たせる。

 触覚では、「湿った熱気」「レモンの果汁で汚れた手」「ぶわっと強い風」など、温度や質感、空気の流れが描かれる。レモンの冷たさや重みは主人公の心の重苦しさや一瞬の安堵感とリンクし、物理的な感覚が心理的な変化を表現する手段となっている。

 嗅覚では、レモンの香りが直接的に描かれていないが、夏の空気や湿気、レモンの持つ「爽やかさ」や「苦味」が心情の比喩として使われている。嗅覚的なイメージが、主人公の気分転換や心の解放感を象徴。

 味覚は、直接的な味の描写はないが、レモンの「苦味」「酸っぱさ」は、主人公や遠野の心の中にある思春期特有の苦さや複雑な感情の比喩として使われている。

 五感の描写は単なる情景説明にとどまらず、登場人物の心の動きや物語の主題(閉塞感、異質さ、爆発したい衝動など)を読み手に体感させる装置として機能している。特にレモンというモチーフが五感すべてを刺激する存在としてくり返し登場しており、作品全体に鮮やかな印象を残している。まさに、レモンの香りのように。


 主人公の弱みとして、自分に自信がなく、他人と比べて劣等感を抱いていること。行動力が乏しく周囲に流されやすい。また、嫉妬や自己嫌悪を抱えながらも、それを表に出せず、変わりたい気持ちはあるが一歩を踏み出す勇気がなかなか持てない。今回、遠野の行動から影響を受け、踏み出したのだ。


 レモン爆弾の仕掛けや設置の過程を、もう少し緊張感やディテールを持って描くと、クライマックスの盛り上がりが増すのでは、と考える。


 遠野の最後の「ありがとう」の場面は、もう一言でも彼女の心情を掘り下げると作品の余韻が増すかもしれない。


 読後、タイトルを見返す。

 読む前に見たとき、梶井基次郎の『檸檬』が浮かんだ。題材として使われていたけれども、現代版の『檸檬』という感じがして、実にいい作品だった。

 沖田の心情に共感しやすく、青春のもどかしさや一歩踏み出す勇気には胸を打たれる。方向性が正しいかどうかは置いといて、だけど。

 遠野のキャラクターが魅力的で、二人の関係の変化が微笑ましい。

 レモンというモチーフが印象的で読後感が爽やかだった。ただ、登場人物の背景や動機がやや抽象的で、物足りなさを感じるかもしれない。

 前日、レモンを置いたのが遠野だと先生たちが知ることとなって、叱られたりして、翌日遅れた可能性がある。そう考えたとき、主人公がレモン爆弾もどきを置いたことで、また遠野がやったんだろと勘違いされて怒らないか、正直心配になった。

 ラストの様子から、そんなことはなかったみたいで、ホッとした。

 主人公の成長も書かれていて、できのいい作品だったと思う。


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