第8話 転生したらヤドカリでした...。俺は転生者?

目を開けようとしても、真っ暗な空間が広がっている。何も見えない、何も感じない。でも、どこからか、優しい女の子の声が響いてきた。


「あなたの次の転生先、決めてる最中だから。今のうちに話を聞いてね」


その声は、どこか懐かしい。初恋の女の子みたいな、暖かさがあった。顔は思い出せないけど、そんな温かさを感じる。けれど、目を開けようとしても、視界には何も映らない。


『今はあなたの次の転生先を決めている最中よ。あなたみたいに罪を犯した魂があふれかえっていて、こっちも大変なの。』


「……罪?」


『低級輪廻回路の管理も手一杯。だから、こうやって閻魔にバレないように手助けをしてるの。』


「閻魔?」


『質問は無し。あなたの犯した過ちに気づくチャンスが来る。それを逃さないようにしてね。それ以上は今は協力できないのよ。

無駄に転生して私たちの仕事を増やさないで』


その後、しばらくは何も感じなかった。ただ、ぼんやりとした暗闇の中で、待機しているような感覚だけが続いた。


そして、次に目を開けると、見覚えのある景色が広がっていた。潮風が香り、波の音が聞こえる――そう、海だ。砂浜の上にいる。まるで、何度も見たことがある風景だった。


「あれ…?」


記憶が少し蘇る。前世は、妖刀だった。人を切り裂き、命を奪い、血を吸って――戦場で最強と恐れられた妖刀。だが、最後には真っ二つに砕け、死んだ。


そこまでの記憶しか思い出せなかったが、確かに、恐れられた妖刀だった。


目の前の海に向かって、意識を集中させて歩いてみるが、なかなか近づけない。


「手……?」


よく見ると、手ではない。どうやら、足がカニのようになっている。


「ヤドカリか……?」 


砂浜の水たまりに映る自分をようやく認識できた。


呆れるように呟いた。前世で数百人を切り裂き、恐れられた存在だったのに、今はただのヤドカリ。殻を背負い、ゆっくりと歩く小さな存在に転生してしまった。


自分の運命に、少しだけ不安を覚えた。俺は転生し続けているのか......。


人間、カッパ、ナマケモノ......。そうだった記憶がはっきり残っている。


(ようやく自認したわね)


頭の中に声が響いた。あの女の子の声だ。


(あなたは転生中よ。生と死を繰り返しているの。最初のうちは混乱して、記憶がそのまま無くなって永遠に彷徨う魂も多いんだけど。あなたは違ったようね。一度気づければ記憶は保たれるわ。あなたの犯した罪を思い出して、転生の世の中で償いなさい)


「罪って、人殺しとか...?」


(あなたの魂が最初に犯した罪よ)


そう言って彼女の声はプツリと消えた。


その日から、ヤドカリとしての生活が始まった。小さな体に重い殻を背負いながら、波音に耳を澄ませ、潮風を感じる。穏やかで、平和な世界。まるで、全てが俺の手の届くところにあったような気がした。


だが、前世の記憶は消えることなく、頭の中をぐるぐると回り続ける。妖刀として命を奪い、振るった刃は血に染まり、痛みや苦しみが今でも胸に残っている。


「俺は、なんでこんな生き方をしているんだろう?」


ヤドカリとして生きることに、果たして意味があるのだろうか。人間でも妖怪でもない、小さな生物としての存在に、何の価値があるのか。


その疑問が、次第に心を重くしていった。しかし、時が経つにつれて、その不安も少しずつ薄れていった。ヤドカリとしての生活は、思ったよりも悪くない。波に揺られ、砂浜を歩き、小さな殻を見つけて安住の場所を作る。それだけで、十分だった。


仲間もできた。お互いに干渉はしないけれど、良い殻を見つけたときは嬉しそうに見せに来る。そうして、だんだんとコミュニティができ、共に過ごす時間が増えていった。


だが、ある日、海が荒れた。波が高くなり、大きな波が押し寄せてきた。ヤドカリたちは一斉に波に流され、必死に身を縮めて殻を守る。しばらくして波が去った後、俺は辺りを見渡した。


「誰もいない……」


周囲には、何も残っていなかった。俺以外のヤドカリたちは流され、消えてしまった。孤独が胸に突き刺さる。


だが、すぐにそれを振り払う。今はただ、ひとりで生きるしかない。前世のことを考えても仕方がないし、そんな過去に縛られるつもりはない。


「ヤドカリとして、孤独に生きるしかない」


時々、砂浜で人間たちを見かけることがあった。彼らはヤドカリを見つけると、興味津々で観察する。少し嫌だったが、気にせずに歩き続けた。ヤドカリとして生きるには、無駄に目立ってはいけない。


そのうち、俺は少しずつ「生きること」を受け入れ、前世のことをあまり考えなくなった。大きくなり、強くなり、やがて俺は完全にヤドカリとして生きることを決めた。


だが、ある日、また大きな危機が訪れる。海に巨大な魚が現れ、海中を暴れ回っていた。魚に飲み込まれそうになったとき、俺は必死に逃げた。


「逃げなきゃ……!」


だが、間に合わなかった。魚が俺を捕まえようとしたその瞬間、殻に身をひとまとめにして必死に耐えた。しかし、魚の力に押し潰され、殻が割れた。


その瞬間、強烈な衝撃が走った。


だが、痛みはすぐに消え、静けさだけが残った。

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