6. スマホの説明書は読んだことがない

 あれから様々な検証をした結果、魔法が頭から出た理由は共通語と精霊語の発音の違いにあることがわかった。


 どうやら詠唱の一部を間違えるとそこが悪さをするらしく、変な感じに魔法が発動してしまうらしい。


 この間は「火球」を使おうとしたら、足の裏から火が出たからな。俺は特殊な消防隊ではないので、そういうのはノーサンキューだ。


「うーん……」


 原因はわかった。が、解決方法がわからない。頼みの村長も、さすがに精霊語の発音までは知らないみたいだし。


 たまたま詠唱を噛んだら普通に発動したことがあるが、あれを期待するか……いや、確率低ぅ。


「きゃー、つめたーい!」

「うん?」


 何やらはしゃぐ声がしたので見てみると、頭から野球ボールくらいの水球を発射するスピカの姿が。


 この間の俺と同じように、重力に負けた水球が落ちてきてスピカの全身を濡らした。


「ひゃー!」

「……何してんの?」

「え? ノヴァくんがおしえてくれたまほうであそんでるの!」

「……楽しい?」

「うん!」


 俺が初めて魔法を使ったのを目にしてから、スピカも魔法に興味を持つようになった。当然、その矛先は俺に向くわけで……。


『ノヴァくん、わたしもまほうつかいになりたい!』

『え……いやぁ、スピカにはまだ早いんじゃないかなぁ』

『ノヴァくんもわたしとおなじろくさいだよね?』

『いや、ほら、あれだよ……』

『じー……』


 完全にうかつだった。子どもの前でああいうのを見せたら、興味持つに決まってるわな。自分の子どもを甘やかす未来が見えた気がする。


 ……相手がいればだけど。


 ちなみに、教えたのは魔力を集める方法についてだけだ。『水球(頭ver.)』を使えているのは、俺が検証のために何度も詠唱していたのを覚えたんだろう。


 フッ、思い出すな……俺もかつて、とある弓兵の詠唱を一生懸命覚えたものだ。もちろん実際には使えないので、何の役にも立たないが。


「わー!」


 ……まぁスピカが楽しそうで何よりだよ。とりあえず『水球(頭ver.)』以外は使わないように、後で釘だけは刺しておこう。


「しかし、どうするかね……」


 教本をペラペラとめくりながら考える。またメリディアナさんが村に来てくれれば、聞けるんだけどなぁ。


 …………。


「……やっぱ無理か」


 一か八かフラグを立ててみたが駄目だった。俺に主人公力チートがあれば、今のセリフでメリディアナさんが現れる流れなのに!


「ん?」


 いま一瞬、気になるページがあったような。少しずつページを戻していく。


「あ、これは……」


 そこにあったのは『魔法陣』について書かれたページだった。特に専門用語が多くて、翻訳に苦労した記憶がある。


 魔法陣とは、主に『魔道具』に使われる技術だ。魔道具は魔力を流すことで簡易的に魔法を使える道具のことで、都会では比較的よく見られるとのこと。


 どうやら魔法陣に魔力を流すことで、詠唱の代わりを果たすようだ。つまり……発音の正しさは必要ない!


「これだ!」


 ただ、一つ問題があるとするなら――


「……また学び直しかぁ」


 ここまでの努力が水の泡である。俺、泣いてもいいですか?


          ◇


 ……と思っていたのだが。


「あれ?」


 最初は軽い違和感。


「あれれ?」


 しかし教本を読み進めていくうちに、が確信へと変わって行く。


「わかる、わかるぞぉ! 俺の苦労は決して無駄ではなかった!」


 相変わらず専門用語については理解できない。だが、この魔法陣のページだけは感覚的に理解できる。


 これは――図形と精霊語を組み合わせることで回路のような役割を果たしているのか!


「分厚い説明書を読まずとも何となく理解できる。それが日本人のズボラ脳なりィ!」


 フハハハハ! 果たして日本人の何パーセントが、スマホの説明書をきちんと読んだことがあるかな?


「たのしそうだね、ノヴァくん」

「……何かゴメン」


 テンションが上がり過ぎて、スピカの存在が頭から抜け落ちてたわ。外から指摘されると、急に羞恥心が湧いてくることってあるよね。


「これなぁに?」

「これは……そうだな。誰でも色んな魔法を使えるようになる道具、かな?」

「え、すごい!」


 まぁ、誰でもって言ったら語弊があるかもだけど。最低限、魔力を扱えるくらいの技術は必要っぽいし。


「これがあれば、なんでもできるようになるの?」

「いやいや、さすがにそれは無理だよ。えっと……そうだな」


 イイ感じの木の棒(命名:ひ〇きのぼう)を拾ってきて、地面に大きく図形を書いていく。……何か昔、こんな感じのアニメがあったような?


「えーっと……ここが丸で、こっちに三角……で、ここに精霊語を入れて……」


 教本を見ながら地面に魔法陣を書いていく。それぞれの図形に意味があるので、かなり丁寧に描かないといけないのが面倒だな。


「最後にこことここを繋げて……っと。できた!」


 上手にできましたー! ドローンカメラとかないので、完全に主観だけど。


「よし、スピカ。魔力を集めて、この魔法陣に流してみるんだ!」

「えぇっと、どうやればいいの?」

「それは――」


 スピカに魔法陣の使い方を説明する。と言っても、魔力を集めてそのまま流すイメージをするだけなんだけど。


「よぉし……えい、たー!」


 気合の雄たけびを上げながら、魔法陣に触れるスピカ。……和むなぁ。


 俺が癒しを満喫していると、魔法陣が激しく光り出した。


「わ、わ。ひかりだしたよ、ノヴァくん!?」

「大丈夫だ、問題ない」


 光が順序正しく魔法陣をなぞっていく。そして――


「きゃあ!?」

「やった、成功だ!」


 魔法陣から火球が飛び出し、上空で爆発した。激しい音と衝撃に驚いたスピカが、俺の腕に抱き着いてくる。だが、俺はノーマルなので問題はない。


「……これなら、もしかしたら」


 何かが心の奥で疼いた。だが、俺はそれを無理やり押し込めて――


「ん?」


 何だか騒がしい気がする。耳を澄ませてみると、大勢の声と足音が聞こえるような……?


「さ、さっきのは一体何だ!?」

「ま、まさか隣国が攻めてきたとか!?」

「いや、あれは神の怒りに違いない!」

「あ」


 その日、俺は村の大人たちからこっぴどく叱られた。他にも驚かれたり、褒められたりもしたが……。


「人騒がせな!」

「ギャ――――!!」


 ……母さんの一撃で全部吹っ飛んだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る