5. ただし魔法は〇から出る

「ふぅ――」


 さらに三年が経過した。あれから俺は――未だに魔法が使えていない。


 某バスケ漫画の先生ですら「試合終了だから諦めたら?」と言うかもしれないが、俺は生まれて初めて……いや、諦めの悪さを発揮していた。


 前世では正社員になれてもろくに続かず、ならばフリーランスで……と思ったが、大したスキルもなかったためすぐに挫折した。


 そんな俺が、読めもしない魔法の教本一冊だけでここまで努力を続けられている。


 魔法という存在がそれだけ魅力的ということもある。だが何よりも……せっかく異世界に来たのに、その意味を見出せない人生を送るのが怖かった。


「……よし!」


 けれど、それも今日で終わりにしよう。俺の手元には、昨日ようやく翻訳を終えた教本がある。


 正直、完璧からはほど遠い。カタコトみたいになってる部分は多いし、意味が理解できずに原文のままの箇所も少なくない。


 それでも最後までやり遂げた……これは他の人間にとっては小さな一歩だが、俺にとっては大きな飛躍である!

 

「スピカ、今日は実際に魔法を撃ってみるぞ!」

「ほんと!?」

「ああ、準備は完全に整った」


 レディ・パー……いや、止めておこう。これ以上は危険だ。


 というか、よくスピカは三年も飽きずに俺の後ろをついてきたな。村長から何か吹き込まれていたんだろうか。


 まぁ何でもいっか。懐かれて悪い気はしないし、一人寂しく実験や芝刈りをせずに済んで感謝してる。


 お礼と言うわけではないが、俺の初めての魔法はスピカに見せてあげよう。俺の魔法使い伝説はここから始まるのだ!


「さて」


 まずは胡坐あぐらをかいて精神統一する。昔テレビで見たのを真似た、なんちゃって座禅だ。


 色々と試行錯誤した結果、これが一番魔力を集めやすかった。『魂を自然と重ね合わせ』るのは無理だったよ……。


 深い呼吸を意識しながら、魔力を身体へと取り込んでいくイメージ。俺の身体が淡い光を帯びていく。


「わぁ、タイマツモドキハネムシみたい!」

「やめて、変なイメージついちゃう」


 ちなみにタイマツモドキハネムシとは、蛍のように光を放つ異世界の虫だ。体長が約五十センチと意外と大きいので、近くで見るとちょっとキモい。


「よし……これくらいでいいか」


 まだ魔力は集められるが、ある程度で止める。いきなり全力でぶっ放して暴発させるようなヘマはしないよ、俺は。


 さぁここからが本番。魔法を使うためには「魔力を集める」「詠唱をする」という二つのステップを踏む必要がある。


 ……詠唱と聞くと「我が手に宿る炎よ!」みたいな厨二チックなのを想像するかもしれないが、断じてそういうものではない。


 魔法に使用されるのは『精霊語』と呼ばれる特殊な言語だ。この言語を使うことにより、魔力が精霊を通してうんたらかんたら(読んでも理解できなかった)らしい。


 まぁあれだよ。多分、プログラミング言語みたいなものだと思う。


「よし……森だから火はやめておくとして、基本の『水球』でいこう。――、――」


 教本を見ながら、ゆっくり確実に詠唱をこなしていく。


 さて、ここで一つ捕捉をしておこう。俺が村長に読み書きを習っていたのは『共通語』と呼ばれるもので、この大陸の中であれば基本どこでも通じるらしい。


 そして精霊語は共通語とよく似ている。二つの言語は、アルファベットのように共通した文字を使用しているのだ。


「――、――」


 ところで、ご存知だろうか……アメリカとイギリスでは、同じ単語なのに発音が違うことがあるということを。


 つまり――


「『水球』!」


 詠唱が終わり、魔力が変換される。ビーチボールほどの大きさの水球が、俺の発射された。


「は? ……うわぁ!?」


 真上へと放たれた水球は、やがて重力に従って俺に襲い掛かる。要するにビショビショのヌレヌレでありんす……誰得のサービスカットなんだ。


「うわぁ、すごいすごい! あれがほんもののまほうなんだ!」


 おっと、まさかのスピカが大喜び。いや、あれは初めて間近で見た魔法に興奮してるだけか。


「いや、確かに魔法なんだけど……あれを本物と言っていいかどうか」


 だって頭から出たよ? 魔法使いが皆あんな感じだったら嫌すぎるわ。


「でも、すごかったよ! ノヴァくんはまほうつかいなんだ!」

「……俺が」


 そうだ……さっきの光景があまりに衝撃的すぎて失念していたが、間違いなく俺が撃った魔法だった。


 じわじわと実感が湧いてくる。そして――喜びが爆発した。


「やった……やったああああぁぁぁぁ!」


 成功ではなかったかもしれないけど、不格好かもしれないけど、それでも魔法を撃つことができた!


 達成感がハンパない。思わず拳王のように拳を天に突き上げる。……さすがにまだ天に帰るつもりはないけど。


「やったね、ノヴァくん!」

「ああ、ありがと――うおぁ!?」

「きゃあ!?」


 テンションが高いままにスピカが飛びついてきたが、さすがに六歳の身体では受け止めることができず、二人で地面に転がってしまう。


 ……うん、少しずつ身体も鍛えようかな。


 地面に大の字になったまま、空を見上げる。木々の隙間から見える青空が、何とも清々しい。


「……今夜は反省会だな」


 最初はどんな形でも魔法を使えれば良いと思っていたのに、人の欲望にはキリがない。


 あんな失敗では終われない。次はもっと、ちゃんとした魔法を使ってみせる。


 ただ、その前に――


「川に寄ってから帰ろう」

「なんで?」


 土まみれの服で帰ったら、俺が母さんから怒られるからだよ。

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