第30話 王の言葉

 竜闘の儀の案内状が届いた翌日。俺達はアシュタリア城へと来ていた。


 アシュタリア城、謁見の間。そこでは竜闘の儀へ参加するアシュタリア王国のメンバーが集まっていた。玉座に着いたルカド王が、一呼吸置いてから声を上げる。


「いよいよ竜闘の儀が始まる。今回の指揮は第一王女のアシュタルがとり、儂はこの国へ残る。故に諸君らへ言葉を送ろう」


 その場にいた全員が膝をつく。横目でズラリと並んだメンバーを見渡してみる。


 ティアマトの姉であり第一王女のアシュタルに、俺達の師匠のハインズ。彼の相棒であるアンヘルさん。戦艦竜ヨルムンガンドのクルーに、移動中の護衛を担当する兵士ダーナとその部下達。ライネさんに整備班のみんな。そして……俺とティアマト。


 これだけ揃うとすごいな。こんなに多くの人が関わるんだと改めて思い知らされる。


 ルカド王が俺達をゆっくり見渡し、最後にアシュタルへ視線を向ける。それはいつも王様が見せる子供っぽい表情じゃなくて、威厳を携えた顔だった。


「アシュタルよ。ソナタの役割はなんだ?」


「皆をまとめ、我が妹ティアマトと搭乗者ショウゴが不安なく戦えるよう努める事です」


「うむ。期待しているぞアシュタル。しかし……くれぐれ背負いすぎぬようにな。ここにいる皆はソナタの仲間だ。悩みがあれば誰かに頼りなさい」


「はい。肝に銘じておきます……お父様」


 アシュタル、いつもは王様を嗜めたりしてるけど……素直じゃないだけで王様を尊敬してるんだよな、ホント。


 次に、王様がハインズとアンヘルさんへ目を向けた。アンヘルさんはいつもと同じ緩い雰囲気を出している。そんな彼女を見て、王様は悲しそうな眼をした。


「ハインズにアンヘルよ。ソナタ達には開催中のティアマトとショウゴの指導とケアを頼みたい。任されてくれるな?」


「はっ。お任せ下さい」

「任せて下さい〜!」


 ハインズとアンヘルさんは前回竜闘の儀の参加者だ。アンヘルさんも竜機兵になって戦ったが、戦いの中で酷い傷を追って記憶障害を残してしまった。そんな悲劇を、二度と起こしちゃいけない。ティアマトを戦わせるなら尚更だ。ハインズ達を通して、改めて自分の役割を痛感する。


 王様がみんなへ声をかけていく。彼がここまで真剣なのは、きっと国のためだけじゃないだろう。クルーの面々、ダーナ、ライネさんへと言葉をかけていき……そして、ティアマトへと声をかけた。


「ティアマト」


「は、はい!」


 ティアマトが緊張した様子で声を上げる。王様は威厳ある口調で彼女へ言葉を送った。


「今日までよくぞ己を鍛え上げた。王として……父として誇りに思うぞ。この国の行く末をソナタとショウゴ殿へ託そう」


 王様はきっと、ティアマトを危ない目に遭わせたくないんだろう。だけど……彼はティアマトの意思を尊重している。思えばいつもそうだった。ティアマトのやりたい事をさりげなくフォローしていて、軽口を叩きながら見守っていたんだ。自分の大切な娘を。


 そして今……ティアマトを信じて送り出すんだ。


 ……いいな。俺にもこんな親が欲しかった。


 余計な事を考えてしまい、慌てて思考から追い払う。


 ティアマトは目を潤ませ、うやうやしく頭を下げた。


「はい。このティアマト……必ずや誇り高く闘い抜いて見せます。そして、皆に勝利を届けてみせましょう」


 ティアマトのヤツ、言うようになったな。お姫様だけじゃなくて、戦士になった感じだ。


「それだけではないだろう?」


「え?」


 困惑するティアマトとは対照的に、王様は優しい目をしていた。


「父に聞かせておくれ。ソナタが闘う理由を。国の事ではなく、ティアマトの心が知りたいのだ」


「私は……」


 ティアマトはしばらく考えてから……手をギュッと握りしめた。


「私は証明したいのです。泣いてばかりいた過去の私に。私は、こんな事ができる人間なのだと。そして……」


 ティアマトが俺の手を取り立ち上がる。そして俺に優しく微笑みかけてくれる。



「ショウゴこそが大陸一の搭乗者なのだと。私は証明したいです。それが……私の闘う理由です」



 周囲の兵士達が拍手を送り、ティアマトを讃える。俺は思わず目頭が熱くなってしまって……俯いた。


 ティアマトは今日まで本当に頑張った。そんな彼女が、俺の為に戦ってくれると言ってくれたことに。



 ティアマト。


 それは俺も同じだぞ。



「では最後に……ショウゴ殿」



 王様が真っ直ぐに俺の瞳を覗き込む。その瞳は言葉よりもずっと……何倍も何十倍も彼の気持ちを俺に伝えてくれていた。なぜならその瞳は……ティアマトやアシュタルへ向けるものと同じ瞳だったから。


 優しくて、俺を信じてくれる……そんな瞳だ。元の世界にいた頃、誰も向けてくれなかった瞳だった。


「ソナタと我らの出会いはもはや運命である。ソナタがいなければ、我が娘達はかように成長する事は無かっただろう。礼を言うぞ」


「王様……ありがとうございます」


 褒められると俺も嬉しい。認められるなんて、今までなかったし。


「だからこそ、今一度頼もう。我が娘ティアマトをどうか導いてやっておくれ。どうか、どうか……」


 王様に深々と頭を下げられてしまって身構えてしまう。だけど……そうだな。ここで中途半端な返事をしたら、それこそみんなに失礼だ。


 俺も全力を尽くそう。決して油断しない。勝利の為に使えるものはなんでも使って優勝を掴んでみせる。


「安心してくれよ王様。俺は絶対にティアマトを守ってみせる。その先にあるのは……優勝だ」


 立ち上がって宣言する。王様に、アシュタルに、ハインズやみんなに。そして……ティアマトに。俺の決意を。


「俺達は優勝する! ティアマトが最高の竜機兵だって大陸中に見せつけてやる! 俺はアシュタリアが好きだ! この国のみんなが好きだ! だから……信じてくれみんな!」


 言い切ってみせると、周囲からワッと声援が上がった。俺達を包み込むような拍手に、ティアマトや俺、竜闘の儀へ向かうみんなへの声援。それが嬉しい。俺はここにいて良いんだと思える。


 この1年で色んな事があった。だから言える。この国アシュタリアはもう……俺の故郷なんだって。それを伝えたかった。だから俺は──勝つ。大好きなこの国のために。ティアマトのために。


「うむ……うむ……よくぞ言ってくれた……」


 王様が噛み締めるように目を閉じる。


「頼もしい言葉をありがとう。これに勝てばソナタのを叶えよう。ぜひ本気の戦いを見せてくれ」


 再び目を開けた王様は、なんだかニヤニヤといつもの笑みを浮かべていた。


「は? 夢? なんだそれ?」


 困惑していると、王様は何を言っているんだとでもいうように首を傾げた。


「もちろん我が娘を妻とするのだろう?」


「え!? いや、別にそんな事言って無いんですけど!? ティアマトも……ってなんだよその顔!?」


「ふふっ、ふふふ……そんなに恥ずかしがらなくても……ふふ……」


 ティアマトも頬に手を添えて顔を赤くしている。ちょっと待て! なんで確定事項みたいになってるんだよ!?


「照れずとも良い。ティアマトもアシュタルも・・・・・・ソナタと結ばれる事を願っておるぞ」


「え」


 なんでアシュタルの名前まで出るの?


 アシュタルを見ると、彼女は無言で俺を見ていた。なんだ……? なんで何も言わないんだよアシュタルは!?


「え!? ち、ちょっと待って下さいお父様! なぜお姉様の名前が出るのですか!?」


 慌てふためくティアマト。王様はニヤニヤと笑みを浮かべるだけで何も答えない。ティアマトも、その場にいた全員もアシュタルへ視線を送った。


「どうしたのですティアマト? 貴女の方がショウゴと深い絆で繋がっているのですから、何も心配する事は無いのでは?」


 意味深なアシュタルの言葉になぜか兵士達が感嘆の声を漏らす。ティアマトを応援する人、アシュタルへエールを送る人、しまいには賭けを始める兵士達まで現れた。


「お姉様!? なんですかその言い方は……!? ダメですダメです! ショウゴは渡しません!!」


「そう思うのならば2人の絆をさらに強め、優勝してみせなさい?」


「やってみせます!」


 焦るティアマトに対して、微笑みを見せるアシュタル。なんだよ、焦ったけどアシュタルなりの発破のかけ方かもな。


「ふふっ、ショウゴも。楽しみにしておりますよ?」


 アシュタルが頬を赤く染めながら、見た事の無いほど優しげな表情で微笑んでくる。


 お、応援してるだけだよな……?



「絶対に優勝しますよショウゴ!!」



 ティアマトの宣言に再び謁見の間が大歓声に包まれる。なんだかさっきまでの緊張感が嘘みたいだ。やがて部屋の中はめちゃくちゃになって、砕けた雰囲気でみんなが竜闘の儀へと想いを馳せていた。



「ほっほっほ! 皆悔いのないよう頑張るのだぞ! 各々全力で駆け抜けてみせよ!」



 王様が笑う。いつものようなイタズラをするような表情。それを見て、分かってしまう。この空気が、緩さが、彼の送る最大のエールなんだって。




────────


〜ティアマト〜


お父様!この国は一夫一妻です!……私が今決めましたが……。


い、いえ!絶対に優勝してみせますから……!!


あ、予告ですね!


次回、竜闘の儀予選会場に到着した私達は、そこで今回から追加された新たなルールを知らされます。


え!? そんなのってありなんですか!?


次回、思わぬ新ルール


次回も絶対見て下さいね♡

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