世界の果て 二人と一匹
白雪花房
正面 始まりと終わりの都 汐崎
第1話 運河の都と冒険者の同居人
夜が降りると運河に
静けさに沈んだ街を宿の窓越しに眺め彼方へ視線を向ければ、
ポッポーと汽笛が鳴るのに合わせて、鐘の音が聞こえる。
夜が明ける。
太陽が昇ってなお薄暗い室内で、ゴロゴロと寝転がる。周りのガラクタはあえて無視、砂色の壁だけを見つめてる。
下層で
気温が一定で植物も常緑だから、季節すら分からない。
自分自身が何者かすら、分からない。
観た創作、読んだ物語といった空想は、記憶にある。
なんとなくこの世界は現実とは違うと分かっている。西洋ファンタジーにしては和風寄り、モデルとなった国は特定できないなとか考えていたのだが。
自分のこととなると、頭が空白に染まる。
なにかがごっそりと抜け落ちていた。
かろうじて脳の片隅に引っかかるのは、
黒髪黒目で中肉中背、色
ほかの情報はぼんやりしている。
霧がかった世界を
幽霊船じみた透明な
「
凛とした声だった。
「入口と終点の港、汐崎へようこそ。いずれ静寂の海に沈む魂よ、あなたに永遠の安らぎを与えましょう」
古風な身なりの女は
顔を上げる。重ね襟の衣をまとった肩で、
短冊の形に切り揃えた横髪が切れ長の目を挟み、深い湖を凍らせたような瞳と視線が合うと、一気に彼女の世界観に惹き込まれた。
いままでに感じたことがないであろう、衝撃。
後にも先にも想像できないくらいの、美しさと神秘性。
だからこそどこか懐かしく
まるで以前出逢ったことがあるような、心の壁に針のように引っかかる痛みがあるような、なんともいえない気持ちだった。
「まずは宿に案内しましょう」
連れていかれたのは水路のスレスレに建つ、下階の部屋だった。
雨が降れば一瞬で沈みそうだし若干カビ臭いけど、ジメジメとした環境は僕に合っている。
同じ境遇の者はたくさんいるようで、時折外界からふらりと訪れては階層ごとに散らばり、影のように姿を消す。
彼らの行方は誰も知らない。
***
ガチャッ。
戸が開く音がした。
ムクリと振り向く。
ハスキーがかった女の声。
「今日もまたずいぶんとしけてやがるじゃないの」
バサバサと毛先を散らした金のショートヘア。浅黒い肌に、くっきりとアイラインを引いた女だった。
腕まくりした太いストライプ柄の襟シャツに、七分丈のタイトパンツ。
スタイル抜群ではあるけれど、彼女を異性として見れなかった。
「
女はニカッと口をつり上げた。牙のように尖った歯をのぞかせ、腕を上げた。
「おらよ、木彫りだ」
転がってきたものを拾い上げると、
いつの間にかコレクションが増えて、オカルトに
「それで、なにか見つかったかい?」
「まだまだこれからだ。でも後少し踏み出せば、
左手に別の土産を握りしめ、力強く言い切る。トロピカルで甘い匂いということは、菓子類かな。
床に放ったポップなデザインの箱には《人間焼き》と、
確かに
観察する間に
「あんたも来なよ! 冒険の世界に連れていってやるからさ!」
首なし人形を押しつける。
僕は目線をずらし、肩をすくめた。
「性に合わないな」
「ふーん」
あっさりとした反応だった。
残りの胴体部分をバリバリと音を立てながら
「じゃあね、また来るよ」
バンッ!
戸が閉じた。
かすかに膨らんだ空気の暖かさが、静寂にしぼむ。僕は窓の外を眺め、遠い目をした。
数日後、手紙が届く。
封を開くとほのかに、
中身は近況報告だった。
経過日数が分かったのは、旅立ってから何日目か、書いてあったからだ。
『旅をしてたらさぁ、森で迷ってね。木々は入り組んでるわ、薄暗いわ。後ろから
へー、ピンチじゃん。
『それでさ、
どうもこうも手紙が届いているのなら、無事だったのだろう?
『なんと
へー、すごいすごい。
数週間後、別の封筒が届く。
『神獣君と一緒に世界を攻略。あたしはついに目的の人物と出会った。答え合わせができた気分だ! こいつはその人から受け取ったものでね、あんたにやるよ』
目当てのアイドルでもいたのだろうか。
同封された箱には薄茶色の紙の袋が丸まって入り、四角いシールで蓋をされていた。
『獣用のクッキーだってさ。あの方はもう与える相手がいなくなったから、あたしにくれたんだ。でもさ、神獣様に
契約? 縁はなさそうだな。
『それはそうとあの茶屋、すごいな。とびっきり美味しいんだ!』
某未来の海賊王の声で再生される。
あの茶屋ってどの茶屋だよ。
『特にりんごのシナモン煮。コンポートみたいに半透明になった果肉! とろける甘酸っぱさ! フレッシュで爽やか、色んな香りが混ざりあって、
文面だけでもうるさい。
流し見しつつ、こいつ食レポ上手いなと、口の中で
なにか食べたくなってきた。
同居人を見送ってからなにも食べていない。空腹自体は感じない。彼女が
『いいよね、ダイバーは無料で食べられる。あんたらだけの特権だってさ! 試しに行ってきなよ!』
ダイバーってなんだ。僕、素潜りとかした覚えもないよ。
なにはともあれ、彼女を通して様々な情報が手に入る。
北側に面した部屋に薄日が差した。
次の報告を心待ちにしながら、ゆったりと時は流れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます