第15話 風向きの変化

 最近、皐月の元気がいい。いや……『良すぎる』と言うべきだろうか。ちょっと心配かな、母としては。

「ねぇねぇ、さっちゃん」

 私はお昼ごはんを終えた皐月に、ある提案をしてみる。

「コハナちゃんにお手紙書こうか?」

「おてがみ?」

「うん、そう。コハナちゃんに最近あった出来事を、手紙で伝えてみよう」

 皐月はいい笑顔で「うん」と大きく頷いた。

 私としては、皐月の心の中でどのくらい悲しみの作業が進んでいるのかを確かめたい、という思いもあった。


 文具店で、さつきとふたりで「このピンク色、コハナちゃんに似合うのでは?」「コハナちゃんにはこっちのあかいろだよ」と、ひそひそ声で会話をしながらレターセットを選んだ。

 久しく会っていない友人……いや、恋人かな? とにかく、心の距離は近いのに物理的な距離が遠くて会うことが叶わない相手に向けてプレゼントを選んでいる。まさに皐月はそんな感じではにかんでいた。

 そうして選んだとっておきのレターセットをテーブルに広げ、私は皐月のためにカッターナイフで鉛筆を削る。

「おかあさん、なにしてるの?」

「これはね、さっちゃんの気持ちがコハナちゃんによーく伝わりますように! っておまじない」

 コハナちゃんのことが大大大好きな皐月の想いが伝わりますようにという強い願いをこめて削った鉛筆で、皐月はどんなことを書きたいのだろうか?

 でも、手紙を書いたことがない皐月は、鉛筆を渡されて戸惑っているようだった。

「どうかしたの?」

「だって、あのコハナちゃんにおてがみだなんて……」

 よくよく聞くと、毎晩夢の中で会っているらしい。そういえば寝言でもよくコハナちゃんって言ってるわ。

「今さら恥ずかしくて何も伝えたくなくなっちゃった?」

 首をふるふる振った皐月はようやく鉛筆を手にする。




 コハナちゃんへ。


 きのうのばんごはんは、ピーマンごはんでした。


 さっちゃんより。




 自信満々に鉛筆を置いた皐月は誇らしげに「むふー」と鼻息も荒くしている。

 しかし、母からしてみると『これで大丈夫か?』という気持ちにならなくもない。

「さっちゃん、本当に他に伝えたいことはないの?」

「うん。なぜなら、だいじなことはゆめのなかでおつたえしていますもの」

 そう言って皐月は、オホホ、と笑った。どうやらこの小さい心の中では、かなり悲しみの作業は進んでいたらしい。


 私は皐月からそのお手紙を預かると、渡せなかったハンカチ共々クッキー缶に仕舞っておいた。

 いつか機会が訪れたら、このお手紙、コハナちゃんに届けてあげたい。

 届かない、なんて弱気でいちゃダメだ。


 そしてその転機は意外と早く訪れた。


 夕方、皐月と一緒にコナツの散歩に出かけたら、反対側から新たなパートナーをお迎えした白石さんに出会った。今回の盲導犬はラブラドールレトリバーの男の子。うちのコナツがキャンキャン吠えても微動だにしないのも頼もしい。

 何より、変にコハナちゃんに似てなくて良かった。

「さっちゃんがいない間にコハナちゃんを次のおうちに連れて行ってすまなかったね」

 一瞬皐月の顔色は曇ったけれど、小さく「うん」と頷いた。

「うちもコハナちゃんがいなくなって寂しくてね……お散歩リーダーたちもこれからは忙しくなって、お散歩に連れて出るのも難しいから、次のパートナーとして完全室内飼いのコタロウに来てもらったんだ」

 そこまで言って、「あぁ、そうだ」と白石さんは顔を綻ばせた。

「おじさん、今度コハナちゃんに会いに行くんだ」

 すると皐月は食い気味に「コハナちゃん!?」と叫んだ。

「さっちゃん、預かり物があれば持っていくよ」

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