事件発生

さっき起こったことは忘れて劇に集中しようと思いながら、席に深く体重をあずけオレンジエードを飲む。オレンジの酸味が頭の中をすっきりさせ劇に没入できる準備を整えた。

 花蓮さんの出番は、第二幕の後半で前半は王国と帝国の因縁を説明する場面だ。舞台上で皇子と王子がにらみ合っている。二人の間には稲妻が飛び交って、周りは氷河期のように凍えるような空気だ。その奥で二人の会話に合わせるように人が動いており、観客に二国の因縁を分かりやすく示している。そして、説明が終わると花蓮さんが出てきた。その瞬間、舞台は光輝いたように見えた。今まで睨みあっていた二人が笑みを浮かべたことも影響しているに違いない。周りの空気からお花畑のような匂いが漂ってくるようだ。その後、場面が変わり主人公の秘密が明かされる。そして、その秘密をとある悪徳記者に知られてしまい窮地に立たされる。絶対絶命の場面で、

後ろが騒がしくなった。その騒ぎは、劇を中断するような大きな音だった。その音の正体が気になり後ろを向いた瞬間、

「風紀委員だ。今ここで大変な事件が起こった!これから先、絶対に席を立つな!」

と、野太い声が聞こえた。その声を聞いた姉さんは

「井田か。よっし!私は今聞こえた風紀委員の手伝いするから、お前たちは絶対に席を立つなよ!」

と僕たちに念を押して席を離れた。

僕と多朗はお互い目を合わせて、少し溜息をついて前を見た。舞台上の俳優たちは棒読みで劇を続けていた。僕は深く溜息をついてオレンジエードを吸った。少し味が薄い。


注 ここからは僕が姉さんに聞いた話になるので姉さん目線で話が進みます。その点を注意してくれれば幸いです。


私はとても怒っていた。真とその友達の入学祝いも込めたこの鑑賞が邪魔されたことにとても怒っている。ふと、後ろを向いて劇をほんの少し見ると、とても棒読みになっていた。これでは、真は楽しめないだろう。こんなアクシデントが起こっても続けようとする胆力を褒めるべきか。いや、後で奴に叱られるだろうから無駄かな。

とてもイライラしながら大股で歩いていたからなのか、席に座っている生徒たちは私が劇を妨害した風紀委員に文句を言いに行くと思い込んだ視線を向けてきた。

通路を歩き、大声を出した風紀委員を見つけると声を掛けた。

「おい!席を勝手に立つなって言っただろうが!」

と大柄な男が振り返った。一応、風紀委員の制服だがネクタイを少々お洒落な柄にしており、この後デートでもあるのだろうか。

「おい!話を聞いているのか?!」

悪い癖が出てしまったようで、大きな声で怒鳴られてしまった。

「すまない。井田くん。私だよ、水里だよ。」

改めて自分の名を名乗ると、

「水里だったのか!手伝いに来てくれたのか⁈でも、どうしてここにいるんだ?」

と、凄く驚いた。

「うちの弟分たちの入学祝いで劇を見に来たんだ。で?ずっとここに突っ立ていたわけじゃないだろう?」

と簡潔に質問を答え、私が聞きたいことを少し嫌味のように聞いた。すると、目の前の大男は胸を張り、

「ええ。無線で増援と救急を呼んだ。被害者は息があったからな。だが、虫の息のようなので正直ここで死ぬかもしれん。まだ前夜祭の真っ最中だからすぐ来れる人員がいないから、あと数分、到着までかかる。あと、増援は委員長本人が来るらしい。出口はオーナーに頼んでドアマンに見張らせているネズミ一匹劇場から出れないね。」

と答えてくれた。その回答に満足して私は被害者が座っていた場所に向かった。

劇場にいる救急生が応急処置をしているところを覗き込んだ。

そして、椅子に寝かされている被害者の顔を見てとても驚いた。

「山本 里香じゃないか‼」

驚いた声が聞こえたのか井田がこちらに歩いてきて

「ああ。間違いなく山本だな。自分もまさか!と思ったが間違いないな

特徴的な髪だし、腕に名前付きの腕章をつけているしな。そもそもこいつに変装する理由もないしな。」

と答えた。

私は頷きながら、

「確かに、こいつに変装したら闇に葬られそうだしな。」

「というか、前にそういう事件があったんだよ。だから、こいつのことを知っていたら絶対断るだろうよ。しかし、前田も可哀そうにな。しょっぴく前に地獄にしょっぴかれそうだぞ。」

「下手したら外部犯の可能性があるぞ。こいつに恨みを持ってそうな奴を何人か知ってる。」

と肩を組みながら話していると、

劇場の重い扉が開き、30人ほどの風紀委員が入ってきた。一番後ろにいた長身の女が周りに指示をだしこちらに歩いてきた。ツカツカと音をたてながら歩き、こちらにふと目を合わせてから

「井田、詳しいことを話せ!」

と開口一番にそう尋ねた。

「はい。まず、私はこの劇場内の警備を第三部までしてくれとオーナーから頼まれてそこの中央の扉前で見張っておりました。そして第二部が始まってから後半の途中ぐらいでこいつが話しかけてきたんです。」

といって中学生ぐらいの男の子を自分の後ろから前に引っ張り出した。

少し茶髪で背が低い可哀そうな子羊は喰われてしまうんじゃないかとビクビクしている。そんなことはお構いなしに、

「人が殺されたと涙流しながら訴えてくるもんだからこれは大変だと思ってついていったらこいつが倒れていたというわけです。」

と答えた。

委員長は、少年の方を向き、

「被害者を発見した時の情報を教えてくれるかな?」

と優しく頼れるお姉さんのように尋ねた。

少年は周りの先輩たちを見渡し、おどおどしながら話し始めた。

「僕は今日、彼女と来たんだ!」

「すまない。名前と所属の学校を言ってくれるかな。彼女の方も。」

委員長の言葉に少し面をくらった様子だったが少年は意を決し話を再開した。

「僕の名前は松江浩一、第二区中学校で彼女も同じ。彼女の名前は大石香奈って言います。彼女が柊藍千のファンで、あ、柊藍千ってのはこの劇の帝国の皇子役で。前からこの劇を見に行きたいと言っていたから席を予約して来たんだ。実際に見てみると面白くて夢中になって見ていたんだけど、少しトイレに行きたくなって、他の人に迷惑をかけないように屈みながら通路に出ようとしたんだ、で、もう少しかなと思っていたら椅子にだらけきって足を広げていたから『すいません。足をどけてください』と言ったんです。そしたら急に肩を掴んできて『人殺し!』って息絶え絶えに言ってきたんですよ。僕は恐ろしくなってこの人に助けを求めたんです。」

話終わると少年はほっと息を吐いた。

「ありがとう。もう席に戻っていいよ。」

その言葉を聞くと少年はそそくさと自分の席に戻っていった。

「井田。あとの措置は聞いているから。君も明石たちを手伝ってやってくれ。よし!今、私たちができるのは鑑識部を待つことだけだな。」

と風紀委員長は言った。そこに少し大柄な風紀委員が来て委員長に耳打ちした。

それを聞き、

「早く通したまえ!被害者が死ぬだろう!あと越前くん救急委員について行って持ち物を回収したまえ!大事な証拠品だ!」

と指示をだした。そしてこちらに向いたと思うと

「で、どうしてここに風紀委員会名誉顧問様が!いらっしゃるのかな?」

と声を荒げながら尋ねてきた。

私はそんな委員長の肩を叩きながら

「ひどいじゃないか☆僕がヤッたと思っているのかい?☆私と君の仲だろ。弟分の入学祝いで来たんだ。」

「急に声を低くするな。きもい。そもそも疑っていない。」

温かいコミュニケーションをし疑いを解いた。

「で、なにかおかしなことはあったか?」

と委員長が聞いてきた。

私は肩をすくめながら、

「いや一目見ただけだ。」

と答えた。期待した答えが出なかったのか委員長は少し肩を落とした。

そんな委員長に、

「茜ちゃん。これからどうするんだい?」

「茜ちゃんと言うな!まあ、私たちは風紀委員だからな本職のように捜査するわけにはいかん。最後に身体検査と念入りな持ち物検査を記録して終わりだろうな。学園警察がこの劇場を封鎖するだろうから奴はとても怒るだろう。」

と肩をすくめた。

「犯人が魔法使いだと始末に負えないとおもうけど。」

「その時は風紀委員会がどうにかするさ。」

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