正義
少女は部屋の窓に腰掛け、蛇行する櫛田川を見下ろしていた。
「凄いですよね。まったく昔と変わらない流れに見える。
この辺りにはこんな川がたくさんあるんでしょうね」
男は来る途中電車の中から見た、古の匂いを残す川たちを思い出しながら言う。
「神域って、近くに禊のできる川があることが条件だからね。
斎宮の場合は特に。
群行の間に何度も禊を繰り返し、身を清め、神に近づいていくの。
帰京するときがまた大変なのよ。
少しずつ人に近づいて行かなければならないから。
着替えた服を谷から投げ捨てたりしてね」
「思い出したんですか?」
「いや、いつも通り、ただの知識の受け売りよ」
その幼さを残す顔に、太陽が陰を射した。
迷っていたようだが、口を開く。
「呉禰の血統っていうのはね、刺客なの。
一族の中の闇の部分を背負ってる」
それは半ば予想していたものではあった。
立花が警備部に配属されたのは、力がないからというより、もとより刺客の一族だからなのだろう。
「のほほんとしてるあんたや、まったく汚れなく、扉を守って立花に愛されている薫が気に入らなかったんでしょう」
「それよりも―― 私には、貴方の愛情の比重が他所に傾いているのが気に入らないように見えました。
薫さんやまどかさん、そして、まったく一族の血を引かないのに、何故か貴方の側にいる私や、深雪さん。
休みにあの三人が立花さんに連れられて遊びに来たじゃないですか。
もしかして、あれからじゃないんですか?
あの人がおかしいの」
ああ、と少女は目を伏せる。
そうすると、確かに欒よりも年上に見えた。
「崇拝している貴方の心が自分から離れていくようで怖かったんじゃないですか」
崇拝か、と呟き、少女は細い首筋にかかった黒髪の束を払う。
「欒は本当に私を崇拝しているのかしら?
―言ったじゃない。
呉禰は殺人集団。
でも、その心までそれに染まっているかといえばそうじゃない。
欒は私を崇拝していると思い込むことで、心のバランスを保ってるんじゃないの?」
「……貴方が欒さんの心にケチを付けるのはどうかと思いますが」
欒の崇拝が本物なら、何よりその事実を悲しむに違いない。
「欒の正義は私の中にあるわ。
私が正しいと思い込むことで、自分の心を支えてるの。
だから―― 私は彼女の前では、完璧な次期当主であらねばならない」
「……お優しいことで」
男はそう呟いた。
厭味が混じらないように気を使うほど、親切ではなかった。
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