第26話

 囲炉裏を囲んで、俺たちは地図代わりの簡単な雪絵を広げた。


 


 まだ完成していない村の周囲の地形を、俺は覚えている限り描き出す。南の雪原に続く道、その途中にある雪庇の割れ目、異形の足跡が残っていた場所。


 


 「まず、ここに見張り台を作る。すぐには無理だが、木を組んで、少しでも遠くが見渡せるようにする」


 


 俺が指さした場所に、リラがうなずきながら印を付けた。


 


 「木材は鍛冶場の裏にある在庫を使えるよ。縄はまだ足りないかもだけど……」


 


 「問題ない。代わりに枝と皮紐で補強して持たせる」


 


 ユイが指を鳴らしながら言った。


 


 「子どもたちにも簡単な見張りのやり方を教えるべきだな。音を立てたらすぐ知らせるとか」


 


 「それ、いいな。誰だって役割があったほうがいい」


 


 ノシュが頷き、何か思い立ったように雪絵に新しい線を引き加えた。


 


 「……ここに、焚き火をいくつか置くのはどうだ? 火が絶えなきゃ、夜でも見える。あったかいし、怖さも減るだろ」


 


 「いい考えだ、ノシュ」


 


 火の灯りは、精霊を呼び、そして闇を押し返す。


 


 この村の灯りは、単なる明かりじゃない。


 ここに“声”が生きているって、証だ。


 


 「それから、もしもの時の合図を決めておく」


 


 俺は炉の火を見つめながら、皆に続けた。


 


 「もし、敵意を持った存在が村に近づいたら、オイナを唄う。短く、三回繰り返して。それが警告になる」


 


 「了解!」


 


 皆の声が重なる。


 


 この村はまだ小さい。


 でも、声を合わせれば、きっとどんな嵐だって越えていける。


 


 地図作りが一段落した頃、外の風が一層強くなった。


 雪がチセの壁を叩く音が耳に響く。


 


 俺はそっと腰の《イカル・ケラ》に手を置いた。


 


 もし、来るなら受けて立つ。


 声を武器に、精霊の力を借りて。


 そして、守る。


 俺たちの村を。


 


 「トウガ、これ」


 


 リラが差し出してきたのは、小さな木の札だった。


 


 ──『迷わず声を重ねろ』


 


 ぶっきらぼうな文字だけど、心に染みた。


 


 「……ありがとな」


 


 「うん。……でも、あんたが一番、無理しないで」


 


 リラの言葉に、俺は笑って、札を腰の帯に挟んだ。


 


 「大丈夫だ。俺の声は、皆の声と繋がってる」


 


 外はどんどん荒れていく。


 けど、俺たちの中にある火は、消えやしない。


 


 夜は長い。


 戦いはまだこれからだ。


 


 俺は深く息を吸い、焚き火の光の中でそっと目を閉じた。


 


 耳を澄ます。


 


 聞こえる。


 薪のはぜる音、誰かが衣を直す音、子どもたちの寝息。


 


 すべてが、俺たちが生きている証だ。


 


 俺は、唇を開いた。


 


 「ホイサー……ホイサー……トゥカ・ノ・モシリ、目覚めよ、火を守れ──」


 


 祈りを込めた声が、チセの中に満ちていく。


 風の音さえ、一瞬だけ遠のいた気がした。

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