第25話

 息が白く弾けるたびに、俺たちの周囲の雪景色が揺れて見えた。


 


 足を止めるわけにはいかなかった。風は鋭く、雪は俺たちの視界を容赦なく奪っていく。それでも前に進んだ。村に戻らなきゃならない。この違和感、この危機を、みんなに伝えなきゃならない。


 


 リラが隣で必死に息を切らしながらついてきていた。ノシュもユイも、雪に足を取られながら必死だった。


 


 この村を守るっていうのは、こういうことなんだと改めて思い知らされた。


 


 何もかもが手探りだ。


 精霊の声を頼りにしながら、わずかな経験だけを頼りに、生きるために動いてる。


 


 それでも、俺は絶対に立ち止まらない。


 この声を絶やすわけにはいかない。


 この命を、簡単に失ってたまるか。


 


 ふと、風の中に鋭い気配を感じた。


 


 俺は咄嗟に皆に手を振った。


 


 「止まれ!」


 


 全員がピタリと動きを止める。


 


 次の瞬間、俺たちの目の前を、白い何かが風に乗って駆け抜けた。


 


 まるで雪そのものが生き物になったような速さだった。


 見間違いじゃない。さっき見た三本爪の主だ。


 


 「やっぱり……村に近づいてきてる」


 


 小さく呟いた俺の声は、誰にも聞かせるためじゃなかった。ただ、自分自身に言い聞かせるためだった。


 


 「追ってきてる……?」


 


 ノシュの声が震えていた。


 そりゃそうだ。


 こんな化け物、普通の冒険者だって正面から戦えるか怪しい。


 


 「いや、まだだ。ただ、興味を持ってるだけかもしれない」


 


 そう思いたかった。


 だが、もしあいつが敵意を持って村に来たら──


 


 俺は唇を噛んだ。


 


 まだ戦える力はない。


 村の防備も、人数も、何もかも足りない。


 


 だから、今は──


 


 「急ぐぞ」


 


 声を低く絞り出し、再び走り出す。


 


 風はさらに強くなった。


 雪が地面を叩く音が耳に痛い。


 


 だけど、俺たちは前に進む。


 この村に生きるために。


 


 ようやく、遠くに祠の旗が見えたとき、俺は胸の奥がぎゅっと締め付けられるような安堵を覚えた。


 


 「もうすぐだ!」


 


 叫ぶ俺の声に、ノシュもリラもユイも、力を振り絞った。


 


 祠を越えれば、チセがある。


 仲間たちがいる。


 守るべき村が、そこにある。


 


 最後の一踏ん張りで、俺たちは村の境界線を越えた。


 


 扉を開けると、中から温かな空気が流れてきた。


 囲炉裏の火、子どもたちのざわめき、リラが置いていった薬草の匂い。


 


 全部が、“帰ってきた”と身体中に叫んでた。


 


 「ただいま!」


 


 俺の声に、誰かが「おかえり!」と応えた。


 


 俺はそのままチセの中心に立って、声を張った。


 


 「──聞いてくれ! 南の雪原で、異形のカムイの痕跡を見た!」


 


 チセの中に緊張が走る。


 誰もが息を呑み、俺の言葉に耳を傾ける。


 


 「いまのところ、敵意はない。だが、近づいていることは確かだ。これから数日は警戒を強める。夜は必ず交代で見張りを立てる。火を絶やすな。外に出るときは必ず二人以上で行動すること!」


 


 皆が頷く。


 


 怯えている者もいる。


 でも、誰も逃げようとはしていない。


 


 それが、嬉しかった。


 


 ここは、もうただの避難所じゃない。


 俺たちが生きる場所だ。


 だから、守る。


 全力で、命を賭けて。


 


 「リラ、ノシュ、ユイ。作戦を立てるぞ」


 


 「はい!」


 


 「わかった!」


 


 「任せて!」


 


 頼もしい声が、チセに響いた。


 


 これが、俺たちの第一歩。


 


 雪と風に挑む、最初の戦いが──今、始まった。

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