第20話
夕暮れが迫る頃、空は重く沈み、雪の粒がまた舞い始めた。
吹雪になる前にと、皆が作業を切り上げ、チセの中へと戻っていく。俺もリラと一緒に足早に歩いた。風が横殴りに吹きつけて、毛皮の裾をばたつかせる。けれど、不思議と寒さは感じなかった。身体の芯に熱が残っていたからか、それとも、今日一日で積み上げたものが確かにあったからか──
祠が整い、声が届いた。
それだけで、俺の中にあった何かが、少し変わった気がしていた。
「ただいまー!」
ノシュの声が先に響いて、続けて子どもたちの笑い声が弾けた。チセの扉をくぐると、火の匂いと温かな空気が出迎えてくれた。囲炉裏の中で火がゆるやかに揺れ、鍋の中からは干し肉と根菜の匂いが漂っていた。
「今夜はカムイユク鍋だよー!」
鍋をかき混ぜていたのは、旅芸人のユイだった。器用な手つきで、手作りの木の匙を使って味を見ている。その隣では、小さな少女が焼いた草餅を並べていて、口元が粉だらけになっていた。
「あんた、口に粉ついてるぞ」
「えへへ、試食してたー」
そう言って笑う顔が、まぶしくて、俺も自然と笑ってた。
居場所をなくして集まった俺たちが、今こうして、同じ鍋を囲んでる。
精霊と語ることも、祈ることも、それはきっと“手段”でしかない。
こうして火の前で笑い合えること。それがこの村の“目的”なんだ。
「トウガ、これ、読んで」
小さな手が差し出したのは、木の板に文字を彫った札だった。言葉はたどたどしいが、読めた。
──『みんなで、ここに、生きる』
ああ、もう、これだけで充分だ。
俺が語るよりもずっと強く、まっすぐ届く“祈り”が、そこにはあった。
「……上手くできたな。明日、祠に掲げよう」
「ほんと!? やったぁ!」
薪がぱちりと弾けた音が、どこか祝福みたいに聞こえた。
その夜は、雪が止まなかった。
けれど誰も、怖がる様子なんてなかった。
このチセの中には、火があって、声があって、歌があって、そして──心を寄せ合う“あたたかさ”があった。
寝る前、リラが小さく呟いた。
「……ねえ、トウガ。こうして皆で過ごしてると、昔の村を思い出すの」
「そっか」
「うん。でも、前の村より、今の方が好きかも。寒いけど、寂しくない」
俺は火を見ながら、そっと返した。
「この村は、誰も捨てない。誰の声も、置き去りにしない。それだけは、俺が守る」
リラが少し黙って、こくりと頷いた。
夜は深くなり、チセの外では雪が強くなっていた。
でも、俺たちの声は届いている。
焚き火の煙とともに、空へ、風へ、精霊たちのもとへ。
──この村には、語る者がいる。
──この村には、繋ぐ声がある。
だから、明日も大丈夫だ。
どんな雪が降っても、風が吹いても、俺たちはここに生きている。
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