第18話

 木材を運び終えた頃には、額に汗が浮いていた。


 


 空気は冷たいはずなのに、身体の芯は熱い。動けば動くほど、雪の中にいることを忘れるくらいに、血が巡る感覚が心地よかった。ノシュやリラが手伝ってくれたおかげで、小屋の基礎はあっという間に出来上がった。


 


 「ここが作業場になるのか」


 


 そう言いながら杭を打つノシュの手つきも、最初に比べて格段に良くなっていた。無駄がなくて、真っすぐで、何より“楽しそう”だった。


 


 「うん、鍛冶や木工、保存食の加工もここでやるつもり。少しずつだけど、こうやって“生きる場所”が増えてくのが嬉しい」


 


 リラの言葉に俺は頷いた。


 


 “生きる場所”。


 それはただ屋根のある家を指すんじゃない。


 人の声があり、手の跡があり、灯った火が絶えずにある。そんな場所のことを言うんだと、ようやく分かってきた。


 


 「そうだ、とうが。少し休憩して、これ……飲んで」


 


 渡されたのは、湯気の立つ小さな木の器。中身は薬草と干し果実を煮出したものだ。独特の苦味の中に、ほんのりとした甘さと、喉を通るあたたかさがあった。


 


 「……うまい」


 


 正直、王都にいた頃に飲んでたような贅沢なものじゃない。けど、俺の身体に染みるのは、こういう素朴で優しい味だった。


 


 「前より、ずっと村っぽくなったよね」


 


 リラのその言葉に、俺は少し考えたあと返した。


 


 「いや、ここからだ。今までは“暮らしている”ってだけだった。でも、これからは“生きていく”ために、もっと大きく、強くしていかなきゃならない」


 


 「……強く?」


 


 「そうだ。この村には、力がある。精霊が応えてくれる。言葉が通じる。でも、それだけじゃダメだ。風を遮る壁が必要で、食を蓄える倉庫が必要で、何より──この村を“狙うやつ”から守る力が、いる」


 


 リラは一瞬だけ黙った。


 でも、その目には怯えじゃなく、決意が宿ってた。


 


 「うん。わかってる。あたしも、あんたと一緒に守る。ここは、あたしの家だもの」


 


 その言葉が嬉しくて、俺は空を仰いだ。


 


 雲の切れ間から、一筋の光が差し込んでいた。


 薄いけど、確かに“日の光”だった。


 この世界に春は来ないと思ってた。でも、それは“来ない”んじゃなくて、“呼んでなかった”だけなのかもしれない。


 


 俺たちの声で、春を呼べるなら。


 この白い大地を、ただの寒さじゃなく“希望”の色に変えられるなら──


 


 俺は、この声を使い続けよう。


 何度だって、何人にでも、何処にでも届くまで、語り続けよう。


 


 語り手として。


 村の主として。


 そして、“トウガ”として。


 


 「じゃあ、午後からは祠の整備だな」


 


 「了解。あたし、カムイノカリの木彫りも持っていくね」


 


 「助かる。……あ、ノシュ!」


 


 「うわ、はいっ!」


 


 「その斧、持ち方違う。そっちじゃ骨が疲れるぞ。少し貸せ」


 


 「うう、すみません!」


 


 リラがくすっと笑ってた。


 俺も笑った。


 


 こんな日常が、ずっと続けばいい。


 でも、そう思うほど、俺はもっと前に進もうと思った。


 


 守るために。


 生きるために。


 語り続けるために──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る