第8話

 夜になっても、俺たちの作業は終わらなかった。


 


 リラは明日の鍛冶に備えて火床の整備を続け、俺は再び広場に出て、雪を掘り進めていた。


 理由はひとつ。村の中心にある《祈りの石》を、掘り出すためだ。


 


 リラに教えてもらったこの石は、村の“中心”として、そして精霊たちの“目印”として、長い間人々の祈りを受けてきた。


 もしそれが顔を出せば、村の再生が本格的に始まる──そんな気がした。


 


 「これが……《カムイ・カム》ってやつか」


 


 掘り進めた先に現れたのは、高さ一メートルほどの石柱。


 中央には渦巻き状の文様が刻まれ、その周囲には太陽と獣、風と雪の印が彫られていた。


 不思議なことに、石はまったく凍っておらず、手を当てるとほんのりと温もりを感じた。


 


 「……眠ってたんだな、お前も」


 


 俺が声をかけると、石の上にふわりと光が灯る。


 淡い青の光が揺れ、その周囲に小さな粒子が舞い始めた。


 


 ──集まってくる。


 


 気づけば、周囲の闇から精霊たちが姿を現していた。


 イソラ、コロポ、小さな風の精たち、凍て狐の影。どれも俺が言葉を交わした存在たちだ。


 彼らは無言で祈りの石の周囲を囲み、ぴたりと動きを止める。


 まるで、何かを“待っている”ように。


 


 「……オイナ、唄っていいか?」


 


 誰に聞かせるでもなく、俺は問う。


 すると、答えるように一陣の風が石柱を撫でた。


 それだけで、十分だった。


 


 俺は深く息を吸い、口を開いた。


 


 「ホイサー……ホイサー……ヤンケ……ホイサー……」


 


 声が空に溶けていく。


 リズムを刻むものはない。ただ、自分の呼吸と鼓動が伴奏だ。


 


 「トゥム……チセ……カムイ、ノ・モシリ……」


 


 “この家、この地、この神の世界よ”


 それは、語り継がれた祝詞。リラが語ってくれた古の言葉。


 今、俺の声で、それが甦る。


 


 「──帰れ、光よ。灯れ、火よ。結べ、言葉よ──」


 


 瞬間、祈りの石が強く輝いた。


 その光は石の模様をなぞり、天に向かって光の線を伸ばす。


 


 まるで──空に、村の在り処を示すかのように。


 


 精霊たちが頭を垂れた。


 俺も、自然と頭を下げる。


 


 言葉は終わった。


 だが、心の中には確かな“響き”が残っている。


 


 ──語りが、届いた。


 


 俺は、もうこの村にとって“異物”ではない。


 追い出された者でも、見捨てられた者でもない。


 


 この村で、確かに“生きている”。


 


 「とうが!」


 


 リラの声が聞こえた。振り向くと、焚き火の明かりのなか、彼女が駆けてくる。


 


 「見えた……! すごかったよ、空に、光が……!」


 


 「祈ったんだ。村に、そしてここにいる皆に」


 


 リラが頷く。精霊たちはゆっくりと姿を消していった。夜の帳の中に溶け、気配だけを残して。


 


 「とうが、あたし──この村、絶対に元に戻すって決めた。いや、元よりもっと、強くする」


 「おう。俺もそのつもりだ」


 


 俺たちはもう、追われるだけの存在じゃない。


 ここには、言葉がある。


 声が届く場所がある。


 


 そして、それを聞いてくれる存在が、確かにいる。


 


 「──なあ、リラ。明日から、ちゃんと村の名前、つけようぜ」


 「え?」


 「俺たちの村だ。だったら、ちゃんと“名”を与えなきゃ。祈る場所には、必ず名があるって言ってただろ」


 


 リラは少し驚いたような顔をして、やがて目を細めて笑った。


 


 「……あたし、それ、ずっと言いたかった」


 


 そして、夜空を見上げながら、彼女は小さく呟いた。


 


 「“トゥカ・ノ・モシリ”──どうかな。まだ生きてる、大地の名前」


 


 その響きは、優しくて、どこか誇らしげで、なにより“帰る場所”のようだった。


 


 「いい名だ。明日から、ここが俺たちの“国”だ」


 


 夜は更けていく。


 けれど俺たちの中には、新しい朝がもう始まっていた。


 


 そして、この村の再生は、まだ始まりにすぎなかった。

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