第7話
それからの数日は、信じられないほど早く過ぎていった。
俺たちは朝から晩まで動き回った。リラは鍛冶場の整理に取りかかり、使えそうな道具を選別し、火床の灰を掘り起こして温度が保てるかを確かめた。俺は村の中心にある広場の雪をかき、何軒かのチセを“住める形”にまで戻していった。
そして何より、精霊たちが少しずつ姿を現すようになった。
朝、炉に火を入れようとすると、ぴたりと隣に座っている狐の影。
雪道を歩いていると、肩にちょこんと乗ってくる小さな風の精。
彼らは言葉を喋らないが、確かに“いる”。
俺の声に、ちゃんと“耳を傾けている”。
リラが言った。
「昔の人はね、精霊が見えなくなることを“呪い”だって言った。誰も語らなくなれば、精霊も姿を消す。だから、語れる人がいなくなった村は──死んだも同じだって」
けれど今、俺の声は届いていた。
鼓動のように。
薪を割る音のように。
火を灯す瞬間の熱のように──命の証として、響いている。
「そろそろ、食いもんも何とかしねえとな……」
そう呟いた俺の足元で、雪玉みたいなコロポが跳ねる。
『さかなー、あるよー、ついてきてー』
「魚?」
『うん、ちいさな、こおりのなかの、ゆれるやつー』
コロポはぴょんぴょんと跳ねながら先導を始めた。
案内されたのは、村のすぐ外れにある凍った小川。
「……ここ、川だったのか」
雪を払い、氷の表面に耳を当てると、かすかに“音”が聞こえた。
ぴちゃ……ぴちゃ……
生きてる。
氷の下で、水が流れている。
「凍ってねえ層がある……これ、やれるぞ」
俺は拾ってきた古びた槍の穂先を整え、柄を新しく削り直して準備した。
氷の表面を丁寧に削り、手のひらほどの穴を空ける。
水面を覗き込むと、光の揺らめきとともに、小さな影が動いていた。
魚だ。
──ここで、生きてる。
「悪いな、ちょっとだけ分けてもらうぜ」
俺は槍を構え、息を整え、狙いを定め──一気に突く。
水音とともに、槍の先に手応え。
引き上げると、細長い銀色の川魚が、身をくねらせていた。
「よし……!」
コロポがぱちぱちと拍手のように手を叩く。
『おおー、つかまえたー! かっこいいー!』
「よし、今夜はこれで“ごちそう”だな」
村に戻ると、リラが炉に薪を足していた。
「いい匂いする……って、え? 魚!?」
俺は笑いながら魚を掲げてみせた。
「川、凍ってなかった。コロポが案内してくれた」
「すごい……すごいよ、とうが! じゃあ、あたし……久しぶりに“ルイベ”作る!」
ルイベ──凍ったまま薄く切る、氷の地の伝統料理。
火を使わず、冷気を活かすその調理法は、まさにこの地の知恵だった。
魚を下ろし、皮を剥ぎ、薄く削いだ切り身を、雪で冷やした木の皿に並べる。
その上から、リラがほんの少しの塩と乾いた薬草を振りかけた。
炉のそばで凍えた体を温めながら、俺たちはその切り身を口に運んだ。
──うまい。
それは、王都のどんな料理よりも、温かかった。
「なあ、リラ」
「ん?」
「これ、もう“スローライフ”じゃねぇか?」
リラは吹き出した。
「スローじゃないよ。全力で生きてるだけ。でも──そうだね、悪くない」
火がぱちぱちと音を立てる。
小さなチセの中に、確かな“幸せ”があった。
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