追放された雪祓い師の俺が、極北でカムイと語り最強精霊使いになった件

☆ほしい

第1話

 この世界は、白と青しか知らない。


 氷原が地平を覆い、吹雪が夜と昼の境を消す。森は凍りつき、川は静止し、命はそのわずかな隙間を縫って息づいている。


 この地に春は訪れない。雪解けの季節は伝説のなかにしか存在せず、人々は季節を「氷の色の違い」で見分けるという。青白い氷が濃くなれば、夏。薄くなれば、冬。凍てつく風が弱まれば、旅の時。荒れ狂えば、祈りの時。


 そんな氷の地――《ウタラ・クル》では、言葉が力を持つ。風を鎮める言葉、火を封じる言葉、獣を導く言葉。それらは《オイナ》と呼ばれる“語り”によって語り継がれ、誰かが声にした瞬間、それは“祈り”ではなく“術”になる。


 だが、それを使える者は、今やごくわずか。


 


 俺は、その一人だった。


 


 ──名を、トウガという。


 


 「……ここが、最果ての地かよ」


 薄らぐ吹雪の向こう、崩れかけた木製の鳥居をくぐると、雪に埋もれた廃村が見えた。すべての家は半分以上が雪に呑まれ、煙のひとつも上がっていない。人の気配など、どこにもなかった。


 ……いや、正確には、あってたまるか。


 ここは「死地」だ。ギルドの追放者、罪人、失敗作、そういった“いらない者”が送り込まれる場所。人が生きることを諦めた、氷と絶望の地。


 俺がここに来たのは、三日前。


 パーティに見捨てられ、ギルドから“規格外”と烙印を押され、唯一の身内だった弟さえ口をきいてくれなくなった。荷馬車で揺られながら、あのときはただ、全部がどうでもよくなってた。


 だが──生きていた。


 


 「……さてと。そろそろ、声をかけるか」


 俺はマントの内から、黒曜石でできた小さな護符を取り出した。それは首から吊るしてある常用のお守りで、裏面には彫り込まれた模様がある。円と線、三つの点と交差した枝。


 《カムイ・イシカリ》。この地で最も古い神の印。


 目を閉じる。そして、低く、息を吐くように呟いた。


 


 「ホイサー、ホイサー……ヤンケ、ホイサー」


 


 それは、歌でも呪文でもない。音が大地を揺るがすこともないし、空が裂けることもない。


 けれど、俺の足元の雪が……すこし、だけ。


 震えた。


 


 「お、聞こえてんだろ……隠れてねぇで、出てこいよ。こっちは話す気満々だぜ、ホイサー」


 俺の言葉に応じるように、雪の下から、淡い光がにじみ出す。


 やがてそれは輪郭を持ち、形を成し──まるでキツネのような姿をした“光”が、ぬるりと雪の中から這い出てきた。


 全身が白く透け、目だけが赤く燃えている。神々の使いとされる精霊、名を《イソラ・カムイ》。


 ──こいつが、最初の“友”だった。


 


 「お前、また来たのか。ヒトのくせに、飽きねぇな」


 キツネのような精霊は、口を動かしていない。だが、俺には聞こえる。脳内に直接届くような、乾いた男の声。


 「そっちこそ。何だよ、来るなって言われたっけか?」


 「言ってねぇよ。……だが、お前がここにいると、風が落ち着く。つまらねぇ」


 「それ、褒め言葉ってことでいいか?」


 「ちがう。お前の声は、俺たちには優しすぎる」


 ……そうか。そういう言い方もあるんだな。


 精霊たちは、俺の“声”に引き寄せられる。《オイナ》という語りは、ただの口上ではない。思いを乗せ、命を揺らす“言霊”だ。


 この力に気づいたのは、ほんの数ヶ月前。今では……俺は、世界でも数少ない“語り手”として、この極北で息をしている。


 


 「──とうが!」


 そのとき、背後から少女の声が響いた。


 振り返ると、白いケープを羽織った少女が、雪を蹴って駆けてきた。年は俺より三つほど若いか。黒髪を三つ編みに束ね、まっすぐな目でこっちを見つめている。


 彼女の名は、リラ。


 この廃村で、唯一の“生き残り”。


 


 「吹雪が来るよ! 山の向こうが白くなってる!」


 「まじか、またかよ……」


 「早くチセに戻って! 外にいると、魂ごと凍るよ!」


 チセ──それは、住まいのこと。だが同時に“心のよりどころ”を意味する言葉だ。


 この地の人々は、住まいを“家”とは言わない。生きているすべてが、神と共にあるものと考える。だから、家はただの建物じゃなく、カムイの息吹が宿る場所。


 つまり──逃げ場なんだ。


 


 「分かった! おい、キツネ。そっちもチセに戻るか?」


 「俺は風の子だ。吹雪と遊ぶほうが楽しい」


 そう言い残して、光のキツネはふっと消えた。


 


 「……ったく、自由なヤツだな」


 リラと目を合わせ、小さく笑う。


 


 吹雪はもうすぐだ。だが、この廃村には、まだ生きているものがある。声が届く限り、俺はこの地で、生きてみせる。

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