第33話

足音だけが響く長い廊下を、俺たちは歩き続けた。


サティア、ディーパ、ヴィーラ、アムリタ、そして名を得た他の子どもたち。誰ひとり、立ち止まることなく、黙って俺の背を追ってきている。声はない。でも、息遣いが、震える足音が、確かに生きてるって叫んでる。


この廊下を抜ければ、鉄柵の向こう、外の世界が待ってる。


……待ってる、なんてきれいごとは言わない。外の世界だって、そんなに甘くねぇ。理不尽はあるし、不条理は腐るほど転がってる。生まれただけで価値を奪われた連中が、堂々と歩ける場所なんて、まだどこにもねぇ。


それでも、行くしかない。


この足で、自分の意志で。


「アルジュン」


俺の隣に並んだシャイレーンドリが、小さく呼びかけてきた。


「どうする? この子たちをどこへ?」


「まずは……“在るべき場所”を作る」


ためらいも迷いもなく、俺はそう答えた。


「この世界にまだねぇなら、俺たちが作りゃいいだけだ。誰にも奪われねぇ、誰にも殺されねぇ、ただ生きてていいって思える場所を」


シャイレーンドリが微笑んだのが、声を聞かなくてもわかった。


そうだ、俺は壊すだけじゃねぇ。


灯すために、ここにいる。


進んでいくと、鉄柵の先に光が見えてきた。


外の世界の光だ。


眩しい。けど、温かい。


この施設の中で、どれだけの時間、こいつらは光を見ないでいたんだろう。どれだけ長く、自分の存在を否定されてきたんだろう。


「目を開けて、よく見ろ。これが、お前たちの世界だ」


俺は言った。


サティアも、ディーパも、ヴィーラも、アムリタも、そしてほかの子どもたちも、みんなまっすぐ前を見た。


震える目で。怯えながら。それでも、確かに目を開いて。


俺は歩みを止めなかった。


どれだけ空気が重くても、どれだけ外が荒んでいようと、止まる理由にはならねぇ。


扉を蹴り破った。


冷たく閉ざされていた鉄柵が、俺たちの前で崩れ落ちた。


眩しい陽光が、俺たちを迎えた。


子どもたちが、声もなく立ち尽くしてる。


アムリタが、そっと俺の服の端を掴んだ。


震える手だった。けど、その手には、確かに生きようとする力があった。


「行こう」


俺はそう言った。


誰も返事はしなかった。でも、歩き出した。


一歩、また一歩。


この世界に、俺たちの痕を刻むために。


誰かに許されたわけじゃない。誰かに選ばれたわけでもない。


ただ、自分で選ぶんだ。


生きるってことを。


太陽の下、俺たちは初めて――本当に、世界を踏みしめた。



太陽の下に立った瞬間、俺は深く息を吸った。


空気が違う。鉄と石と封印の匂いしかしなかった施設の中とはまるで違う。土の匂い、草の匂い、遠くで流れる川の匂い。全部が、生きているって叫んでいた。


後ろを振り返る。


子どもたちは、まだ戸惑っていた。


けど、その目はもう死んでいない。


サティアはぎこちない足取りで、ディーパは小さく拳を握りしめて、ヴィーラは歯を食いしばりながら、アムリタは服の裾を掴んだまま、俺の後ろを必死で追ってきた。


これでいい。


無理に笑わなくていい。無理に希望を持たなくていい。


ただ、生きろ。


俺はそう思った。


施設の外には、ナンディンが用意していた馬車があった。


俺が事前に頼んでおいた。こいつら全員を乗せるために、でかい馬車を。


ナンディンは何も言わず、ただ頭を下げた。それだけで十分だった。言葉なんていらない。今必要なのは、行動だけだ。


「乗れ」


俺が促すと、子どもたちはおそるおそる馬車に乗り込んだ。


狭いけど、誰も文句は言わない。


むしろ、こんなふうに“誰かと一緒にいる”こと自体が初めてなんだろう。


そんな顔をしていた。


「出すぞ」


ナンディンに合図を送り、馬車が動き出す。


軋む音と共に、俺たちはアシュタ第七施設を背にした。


誰も振り返らなかった。


過去は背負うものじゃない。踏み越えるものだ。


「これからどうする?」


隣に座ったシャイレーンドリが静かに訊いてきた。


俺は迷わず答えた。


「場所を作る。こいつらが帰れる場所を」


「具体的には?」


「まだ決めてねぇ。でも、絶対に作る。加護も神も必要ねぇ、生きてるだけで肯定される場所を」


シャイレーンドリは小さく笑った。


「あなたらしいわ」


「当然だろ。俺は、もう押し付けられる世界なんざごめんだ」


子どもたちの視線が、ちらちらと俺に向けられてるのを感じた。


不安と期待と、ほんの少しの希望。


その全部を、俺は背負う。


「……そうだな」


俺は空を見上げた。


「この世界に足りねぇのは、“生まれてきていいんだ”って言葉だ」


誰も教えちゃくれなかった。


だから、俺たちが教える。


生きていい。笑っていい。泣いても、怒っても、存在していい。


それを教えるために、俺はまだ燃え続ける。


火はまだ消えちゃいねぇ。


この命に灯ったまま、ずっと、ずっと――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る