第27話

“死の塔”最上階、沈黙が支配する空間の中央に立ち、俺とカーリカは向かい合っていた。


空間は異様な静寂に包まれていた。音も温度もない。ただ存在そのものが否定されるような“虚無”が、あらゆる感覚を削り取っていく。


ここが、彼女の領域――“執行の間”。


この空間では、時間さえも彼女の意志に従う。すでにこの場所に足を踏み入れた時点で、俺は“生”という概念から遠ざかっていた。


だが、俺の第三の目は燃えていた。


「死を執行する神官ってわりには、ずいぶん人間味のある目をしてるじゃねぇか」


「貴様には見えるのか。私に残された“躊躇”が」


「見えるさ。目の奥に、決して消えない“問い”が沈んでる。お前は、それを押し殺してここに立ってる」


「それは罪だと言いたいのか?」


「いいや。誰にだって“恐れ”はある。でも、それを殺してまで正義を名乗るってなら、俺が代わりに叫んでやる」


俺が右腕を振ると同時に、火の刃が現れる。


業火が渦を巻き、地を割り、空間を焼く。それは破壊の舞踏――“タンダヴァ”の一節。


「“タンダヴァ・スミラーティ――赤蓮の追憶”」


過去に滅ぼされた命の記憶が炎として形を取り、無数の亡霊のようにカーリカを包む。悲鳴、嘆き、怒号。消された声が空間に満ち、封じられた記録が一斉に訴え始めた。


「これが……!」


カーリカの眉が初めて動く。冷徹だったその顔に、微かに“痛み”が刻まれた。


「お前が刈ってきた命だ。ひとつ残らず、忘れたわけじゃねぇ。死に様だけが“記録”じゃない。“思い”は俺の中で生きてる」


「だとして、それが何になる?」


カーリカが踏み込む。黒い刃が空間を裂き、俺の右腕を薙いだ。


だが、痛みは感じなかった。否、それ以上に――


「遅ぇよ」


俺の左掌がすでに彼女の胸元にあった。


「“アグニ・マントラ――内なる火を灯す”」


火は爆ぜなかった。代わりに、彼女の心臓に“熱”が染み渡っていく。


冷たく凍りついていた魂の核に、俺の火が触れる。


「これは、お前の中に“まだ消えていない感情”を燃やすための術だ」


カーリカの身体が震える。刃が消え、膝が地をついた。


「私は……間違っていたのか……?」


「知らねぇよ。お前が決めろ。ただ、俺は“命を測る者”に、“命を語る資格”はねぇと思ってる」


「……私は、救うことは……できなかった」


「だったら次は、救われたがってる奴の手を、振り払わなきゃいいだけだ」


沈黙。


やがてカーリカは、顔を上げた。その目には、初めて人間の“熱”が宿っていた。


「……執行権を、放棄する。ヤーマ州の“死の法”は、ここで終わりだ」


俺は火を消し、手を引いた。


「じゃあ次は、お前自身が何のために生きるかを選べ」


カーリカは静かに立ち上がる。


「私は……この“死の塔”を……“誓いの塔”に変える」


「誓い、ね」


俺は笑う。


「それなら俺が最初の誓いをくれてやる。“ここを訪れる者すべてが、生きて帰る場所にする”」


カーリカは頷いた。


「それが、あなたの“意思”か」


「そうだ。選ばれなくても、生きるに値する。それを証明する場所にする」


俺は振り返る。シャイレーンドリがそこに立っていた。


彼女は何も言わなかった。ただ、確かに頷いた。


“終わらせるために来た場所”が、今、始まりの地へと変わる。


火と死が重なり、そして“命”という概念が新たに形を得た瞬間だった。

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