第20話 沈黙への帰依
如月ミカは、決意した。
この村に移住しよう──。
沈黙と抑制、そして排泄を禁じるこの村の中で、自らの生と芸術の真実を見極めるために。
翌朝、彼女は宿の主人に申し出た。
ここに暮らしたいと。
主人は驚き、しかしすぐに静かに頷いた。
「よそ者がこの村に根を下ろすのは容易ではない」と警告された。
だがミカは、それでもいいと答えた。
村人たちもまた、彼女の選択を静かに受け入れた。
賛成でも反対でもなく、ただ無言で、その存在を認めるかのように。
ミカは小さな空き家をあてがわれ、自分で畑を耕し、薪を割り、川の水で体を洗いながら暮らし始めた。
朝は誰よりも早く起き、土に手を汚し、夜は誰よりも遅くまで火を絶やさぬよう見張った。
言葉の代わりに、手と足と呼吸で、村のリズムに少しずつ同化していった。
排泄を禁じる掟──それは生理的な欲求を否定することではない。
それは、欲望を超越するための、厳しい精神修行だった。
ミカもまた、己の内部に生まれる衝動と静かに格闘した。
出したい。
叫びたい。
描きたい。
だが、彼女は知っていた。
ここでは何も外へ出してはならない。
それは禁忌であり、裏切りだった。
村人たちの沈黙は、単なる押し黙りではない。
それは世界に対する、静かな抵抗だった。
日々は過ぎていった。
感情を外に出さず、ただ静かに生きる村人たちの中で、ミカもまた、自らを変容させていった。
感情が波立ちそうになるとき、彼女は手のひらを土に押しつけた。
怒りがこみ上げるとき、彼女は夜の川に足を浸した。
涙が溢れそうになるとき、彼女は何もない空を見上げた。
ある晩、星空の下、ミカは思った。
──本当に生きるとは、ただ存在することなのかもしれない。
出すことも、飾ることも、求めることもなく、ただ、そこにあること。
身体の奥で、かすかな疼きが波紋のように広がった。
排泄を超えた先にある生。
それを体得するために、ミカはこの村で、もう一度自分を鍛え直す覚悟を固めていた。
真実はまだ遠い。
だが、彼女は確かに一歩踏み出したのだった。
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