第19話 揺らぐ信仰
村での生活に身を置くうちに、如月ミカの心には新たな葛藤が芽生え始めていた。
かつてミカは、排泄こそが生の肯定であり、至上の芸術だと信じてきた。
身体からほとばしるもの──それを隠さず、飾らず、世界へ向かって放つこと。
それが、自らに与えられた唯一の表現だと確信していた。
しかし、この村の沈黙のなかで、ミカの信念は揺らぎ始めていた。
出さないこと。
抑えること。
沈黙し、内に秘めること。
それこそが、より高い次元の芸術ではないのか──そんな思いが、彼女の中で密かに膨らみつつあった。
排泄しないこと。
声を上げないこと。
感情を外に漏らさないこと。
それは、単なる抑圧ではないのか。
それとも、究極の自己統御なのか。
ミカは宿の一室で、膝を抱えながら考えた。
排泄を肯定することと、排泄を拒絶すること。
どちらが生を賛美し、どちらが生を裏切るのか。
──本当に、出すことだけが生なのか?
──出さないまま燃えるものも、また生ではないのか?
ミカは答えを見つけられなかった。
ただ、身体の奥に、かすかな疼きだけが残っていた。
出したい。
だが、出さずにいることにも、確かな意味がある気がする──。
村の空気に染まりながら、ミカはかつてないほど深く、自分の信じてきたものと向き合い始めていた。
夜、彼女は外に出た。
星も月もない、完全な闇。
その闇のなかに、耳を澄ませた。
何も聞こえない。
しかし、何かがそこにあった。
押し殺された欲望、封じ込められた衝動──それらが、闇の中で静かに脈打っているのを感じた。
「私は、どこへ行こうとしているんだろう」
ミカは呟いた。
排泄しない村。
抑制と静寂の共同体。
もしこの生き方が、より高次の存在へ至る道だとしたら──。
今まで信じてきた“さらけ出すこと”は、ただの未熟だったのだろうか?
ミカの胸の奥で、激しく、静かに、信仰が軋んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます