第17話 禁忌の村へ

 如月ミカは、真の芸術を求めて旅に出た。


 地図も目的地もない、ただ心の赴くままに足を進める旅だった。

 生きること、出すこと、描くこと──その本質をもう一度掴み直すために、彼女はあてもなく彷徨った。


 都市の喧騒を離れ、舗装された道を外れ、山を越え、谷を渡り、さらに獣道を進んだ。

 朝霧の中、肌を刺す冷たい空気のなかを歩き、苔むした岩を乗り越えながら、彼女はただ、どこへともなく進み続けた。


 やがて、深い山奥にひっそりと佇む小さな村へとたどり着いた。


 その村は奇妙な静けさに包まれていた。

 鳥の声も、犬の吠える音もない。

 人々は親切だったが、どこかよそよそしく、慎重に彼女を見つめた。

 表情には柔らかな笑みが浮かんでいるのに、瞳の奥には、何か硬質なものが潜んでいる。


 ミカは、村の小さな宿に滞在しながら、少しずつ人々の暮らしに触れた。

 畑を耕し、薪を割り、水を汲み、慎ましく、無言で暮らす村人たち。


 ある夜、焚き火を囲んでいたとき、村の古老が静かに語り始めた。


 ──この村では、誰もうんこをしない。


 排泄は穢れとされ、もし村人の中で排泄した者があれば、その者は村八分にされ、共同体から追放されるのだという。


 「なぜ、そんな掟が?」


 ミカが問うと、古老はただ言った。


 「出すものを持つ者は、欲に負ける。欲に負けた者は、村を乱す。だから、我々は出さない」


 それは論理とは言えない説明だった。

 だが、そこにはこの村なりの“生き方”が確かに根づいていた。


 ミカは衝撃を受けた。

 かつて自らが生きる証としていた排泄を、ここでは「存在してはならないもの」として扱っている──。


 それは、彼女にとって禁忌の地だった。

 しかし同時に、どうしようもなく惹かれるものがあった。


 なぜ彼らは排泄を忌避するのか?

 なぜ、存在の根源を否定しながら生き延びることができるのか?


 村の空気は澄んでいた。

 だが、その透明さは、どこか不自然だった。

 押し殺された感情、見えない圧力、言葉にできない緊張感──それらが村全体を薄く覆っていた。


 真の芸術を求めた果てに辿り着いたこの禁忌の村で、ミカは自らの存在を、そして芸術の意味を、改めて問い直すことになる。


 ──出すことは、本当に穢れなのか?

 ──出さずに生きることは、果たして清らかなのか?


 答えは、まだ見えなかった。

 けれど彼女は、この村で何かを見つけなければならないと直感していた。


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