第30話 魂を分かつ、神の光

 禍津日は咆哮と共に、大気を震わせた。


『さあ、恐れよ。我が天雷を!』


 空が裂け、禍々しい雷鳴が轟く。

 黒雲が渦巻き、その中心から形成されたのは、幾千もの雷槍。

 雷とともに、禍津日の喉奥から灼熱の火球が吐き出された。

 家屋ほどの大きさの火球が、流星のようにこちらへ襲いかかってくる。

 俺はギリギリで火球を避けつつ、背に乗る灯凛に呼びかけた。


『灯凛。神穿ノ禍祓の力を使えば魂を分離できるかもしれない。やれるか?』


 灯凛は神穿ノ禍祓を見つめながら、短く答える。


「やってみせる!」


 その瞬間、禍津日の火球が炸裂し、衝撃で灯凛が俺の背から投げ出された。


『灯凛!』


 すぐさま飛びつき、空中で体勢を立て直して彼女を背中で受け止める。

 どうにか落下を免れたが、奴の笑い声が空を満たす。


『哀れな。もはや逃げ場もなし』


 一度、灯凛を地面へと降ろし、敵の方を睨み据える。


『俺が注意を引く。お前は神穿ノ禍祓の準備を急げ』

「任せろ!」


 灯凛は静かに目を閉じ、神具を握りしめた。


「神穿ノ禍祓よ、穂積を救うため、力を貸してくれ……頼む!」


 その間にも俺は、禍津日の攻撃を正面から受け続ける。

 雷を纏った爪が降り注ぎ、白銀の体毛ごと肉を斬り裂く。

 身体が裂け、血が滴る。


「……容赦ねぇな」


 奴の尾が薙ぎ払われるのを見て、咄嗟に腕を構える。

 衝撃で足元の地面が砕け、土煙が舞い上がるが、なんとか踏みとどまった。

 俺が引きつけている間に、灯凛の祈りが高まっていく。

 そして、眩い光が神穿ノ禍祓から放たれる。


「待たせたな、煌天丸!」

「穂積を救えるのは、お前しかいない。頼んだぞ!」


 刃は青白く輝き、次第に白の純光へと変わっていく。

 禍津日が異変に気づき、灯凛へと突進する。


『させるものか!』


 俺は咆哮し、禍津日の前に身を躍らせた。


『通すかよ!』


 体を張って奴の進路を塞ぎ、正面から雷撃を受け止める。

 肉が焼け、腕が痺れる。それでも俺は踏みとどまる。

 俺の仕事はただ一つ。

 灯凛の一撃が届くその瞬間まで、全力で奴を食い止めることだけだ。


『今だ、灯凛!』


 背後で、灯凛の声が響く。


「天津神の名において、我は呼びかける——」


 その声に、空気が震え、世界の色が変わったように感じた。

 神穿ノ禍祓の刃が純白に輝き、その光が禍津日を照らす。


「穂積よ、汝の真の姿を取り戻せ!」


 禍津日の巨体が震え、雷が止まり、火の奔流が弱まる。


『な、何をする!』


 叫ぶ禍津日の声が、次第に低く、苦しげな呻きへと変わっていく。


「魂を分かつ、神の光を……!」


 灯凛の声に応じるように、神穿ノ禍祓が閃光を放ち、禍津日の身体に突き刺さる。

 その刹那、世界が凍りついたかのように、すべてが静止する――雷鳴も、風も、まるで時が止まったように。

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