空から落ちてきた者 ネフィリム

 

ネフィリムは横一列に並んだままじりじりと近づいてくる。

ミカエルとガブリエルは俺を守る様に俺を後ろに下がらせながら一歩前に出た。

 

ガブリエルが首にかけた十字架の前に両手で印を結ぶと風が微かに吹いた。

だが、それ以外には特に目に見える変化がない。

 

「何をしたんだ?」

 

俺は小声でそう尋ねた。

 

「人払いだ。無辜の民を巻き込まぬ為の。」

 

研ぎ澄まされた刃の様に鋭い声でガブリエルは答えた。

 

 

 

 

ネフィリムが一斉にこちらへ走り出した。

ミカエルとガブリエルは瞬時に背中から六枚の翼を展開して臨戦態勢をとった。

ルシファーは俺の後ろでそれを眺めている。

俺も戦った方がいいのだろうが、未だ自力でネフィリムに変身できないのだから足手纏いになるだけだろう。

ルシファーの方が戦える筈なのになぜかこいつは一向に戦う気を見せない。

 

飛びかかってきた12体の巨人を熾天使達の翼が巻き起こした爆風が吹き飛ばした。

10数メートルもごろごろと転がったにも関わらず、巨人達はすぐに跳ね起きるとボウリングのピンの様に三角形の陣形を組んで再び突進してきた。

 

熾天使は再度翼を羽ばたかせたが、陣形のせいか今度は減速しただけで吹き飛ばせていない。

3体のネフィリムが二人を飛び越えて俺たちの方へ襲い掛かった。

ルシファーは動かない。

自分に飛びかかってくるネフィリムが映画のスローモーションシーンの様にゆっくりと動いて見えた。

 

「ルシファー!」

 

振り返ったミカエルの叫びが鮮明に聞こえる。

繰り出された巨大な拳が俺の顔面に直撃する瞬間、視界が真っ白になり意識だけが空へと舞い上がった。

 

 

 

 

空より高い場所に俺はいた。

一本角の生えた白馬とか9つの首がある大蛇とか、様々な伝承上の生物が俺の周りを囲んでいる。

不思議なことに恐怖はなかった。

彼らの瞳に敵意を感じられないのもあったが、何より俺は彼らより自分の方が圧倒的に上位の存在だと感じているからだった。

何故そう感じているかは分からない。

彼らが牙をむけば人間である俺はひとたまりもないはずだ。

それなのに何故だろうか?

 

「君が人ではないから」

 

男とも女とも感じられる優しい声がした。

 

「誰だ?」

 

「私はラファエル」

 

振り向くとエメラルドグリーンに光り輝く人がそこにいた。

特徴となるものは何もなく、ただ人型のシルエットとでもいうべき姿をしている。

 

「ラファエル…聞いた事のある名だ。それに、なんだか懐かしく感じる」

 

「それは当然の事だ。君はここで生まれここで生きてきたのだから」

 

「“私”は人間でないと言ったな。どういう意味だ?」

 

「来るべき時、思い出すだろう。君が何者か。今は、地上に戻るがいい。」

 

ラファエルがそう言うと視界がぼやけ、まどろみから覚めるような感覚が訪れた。

 

「君の中に眠る力を解き放て」

 

 

 

 

瞼を開くと目の前に迫りくる白い拳があった。

何一つ臆する事は無い。

所詮は力任せの暴力に過ぎないのだから。

 

眼前の拳が命中するよりも早く、私が繰り出した手刀が相手の手首から先を切り裂いた。

 

「Gooooooooooaaaaaaa!」

 

右の手首から先を失った巨人が怒りと苦痛に雄たけびを上げた。

その様子をひどく冷静に、無感情に見ていた。

心を大海の様に落ち着き、尚且つ烈火の如き闘志が燃えている。

 

脳裏に浮かんできた印の結びを両手が再現していく。

 

「我は光を与えし明けの明星。妨げる者共よ、去るがいい。光を解き、放つ!」

 

我が肉体は眩い光を放った。

 

 

 

 

 

何が起きたかを理解した時、胸中に到来したのははちきれんばかりの喜びだった。

 

「真の力を取り戻したのか!」

 

「いや」

 

隣で呆気にとられていたガブリエルが否定の言葉を放った。

 

「あれではまだごく一部に過ぎないだろう。だが、この者たちを片付ければあるいは…」

 

背後に迫りくる攻撃の気配を感じて私達は跳躍した。

私達に掴みかかろうとしていた操り人形達はそのまま彼の方へ向かっていった。

 

光の中から、黄色の金剛石の様な肉体となった彼が現れた。

その姿に大いなる喜びと僅かな失望が浮かび上がる。

 

ガブリエルの言う通り、全てを取り戻した訳ではないのか…

だが今は喜びをかみしめていよう。

 

ふと気づくとルシファーの姿がなかった。

彼が取り込んだのか?だとすれば納得だ。

 

黄金に輝く彼は落ち着き払った様子で、一つ一つの攻撃を確実にさばいていく。

3体のネフィリムに囲まれていると言うのに全く不安を覚えない。

 

右からの拳を音速の手刀で落とし、左からのアッパーカットを逸らしがら相手の懐に踏み込み肘打ちで胸部を打つ。背面からの蹴りを躱しながら流れるような回し蹴りを敵の右腰へ叩き込んだ。

 

惚れ惚れする戦いっぷりだ。

やはりこうでなくては。

 

12体全てが完全に彼を最優先に倒すべき敵と認識している。

我々は観客に回っていては、未だ完全でない彼だけではうまく立ち回れないだろう。

ならば、私たちがすべき事は露払いだ。

 

ガブリエルに目をやると彼もうなずいた。

さぁ、本気で相手をしよう。哀れな忌み子達。

 

 

 

 

 

ミカエルとガブリエルが幾らか敵を引き付けてくれたので立ち回りやすくなった。

溢れるエネルギーを右手に込めて大地を蹴る。金色の六枚の翼が生えてさらに加速する。

ネフィリムは私の拳に拳をぶつけて対抗しようとした。

拳と拳が打ち合わさった瞬間、衝撃波が発生し道路がえぐれた。

果たして、白の巨人は私のエネルギーに耐え切れずに全身が割れた彫刻の様に砕けて四散した。

 

後11体。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る