メッセンジャー

 

「「っ!」」

 

ルシファーとミカエルは互いに距離を取り、声のした方に首を向けた。

崖の上に神父の衣装を身につけた青年が立っている。

ミカエルとルシファーは一目で彼が何者か分かった。

 

「ガブリエル…」

 

「面倒なのがもう一体現れたな。」

 

ルシファーはうんざりした様にそう言った。

 

「今は争う気は無い、光を掲げる者よ。」

 

青年は遠くにいるにも関わらず、はっきりと二人の耳元で聞こえる声でそう言った。

ルシファーはミカエルがもう戦闘の意思を見せていないのを確認すると、刀剣に変化させていた左腕を元に戻して、切り飛ばされた右腕の傷口を癒した。

 

「神からのお告げを預かり賜っている。此度の私はメッセンジャーだ。」

 

「今回“は”じゃなくて今回“も”だろ。」

 

地上に降りたルシファーは斬り落とされた右腕を拾いながらぼやいた。

肘の断面と腕の断面を合わせると、そのままぴったりと繋がり完全に修復した。

 

「して、神は何と?」

 

「“来るべき時が来るまで天使同士で争ってはならぬ”と。」

 

「ならば問題あるまい。その者は…」

 

「ミカエル」

 

ガブリエルはミカエルを諌める様に言った。

ミカエルは納得していない様子だったが、神の命令とあれば逆らえず人間の姿に戻った。

 

「しかし、来るべき時ってのはいつなんだ?」

 

「それは君自信よく知っているのではないかね。」

 

ガブリエルはルシファーの質問に淡々と答えた。

ルシファーは顔を歪めて舌打ちすると、変身が解けてグリフォンの死体に重なっている焔の元へ向かった。

 

 

 

 

なんかまた死にかけた様な気がする…

あいつと出会ってから本当に碌な事がない。悪魔じゃなくて疫病神なんじゃないだろうか。

まぁ今回は気絶してないし重傷を負った訳でもないので良しとしよう。

そう思わないとやってられない。

 

頭は回転しているが、体はぴくりとも動かないので死体の上で横になったまま、新手を含めた天使達の会話を遠目から見ながらそう思った。

と言っても俺にはよく聞き取れないのだが。

話し合いが終わったらしく、傷を癒やし終えたあいつがこっちに近付いてきた。

出来ればそのまま元お仲間と一緒に帰って欲しいんだが。

 

「ほう、今回は気を失わなかったのか。全く成長がない訳ではない様だ。無論、そうでなくては困るが。」

 

相変わらず一言多いなコイツ。

俺はお前のせいで色んな奴から狙われて酷い目にあってると言うのに。

 

「私と出会わなければどの道、ネフィリムという理由で狙われていたさ。何なら抵抗する術が無いからとっくに死んでいただろう。」

 

どうやら俺の人生はどの道八方塞がりだったらしい。

確かに記憶喪失自体はこいつと出会う前の事だし、元々とんでもなく不運な星の元に生まれてきてしまったのかもしれない。

というか、前々から思っていたがこいつナチュラルに人の心を読んでいる。

俺にはプライバシーも無い様だ。

 

「立てるか?」

 

手を貸してくれるらしい。

まぁ散々言ったがこいつも悪い奴ではないかもしれない。性格は悪いが。

何とかルシファーの手を取ろうと体に力を込めるが、疲労のせいかうんともすんとも言わない。

体全体が鉛と化した様だ。

 

「…はぁ。本当に手間のかかる奴だ…」

 

横たわった俺の体を乱暴に背負うと、ルシファーはミカエルと新手の天使と思われる男に中指を立ててから歩き出した。

ミカエルと新手の天使は肩をすくめると、恐らく俺に向けて挨拶した。ミカエルは小さく手を振り、新しい方は会釈程度に頭を下げた。

新しい方の性格は知らないがミカエルが俺に挨拶するのは意外だった。

さっきまで殺し合いしていたと言うのに。

もしかしたら、ミカエルは微妙に現世の文化に疎い様だったしそういう物と認識しているのかもしれない。

 

体は動かないが、脳はアドレナリンが分泌されまくったのがギンギンに冴えている。

そのせいか、色々と考えが普段ならあり得ない程浮かんでくる。

 

背負われてから暫く経つがまだ知っている道に出ない。

どうやらあの大鷲は相当遠くまで運んでくれたらしい。

既に日が傾いて、夕焼けが紅く空を染めている。

もうタクシー捕まえて、料金はミカエルに請求するのが良いかもしれない。

 

「ははは!それは良いな。」

 

またしても勝手に心を読んでいる。

せめて一言断ってくれないだろうか。

 

ルシファーに背負われてばかりでは悪いので、時々指先に力を入れてみるのだが相変わらずぴくりとも動かない。

こいつはこの状況をどう思っているのだろうか。

普段から俺の扱いが雑なので最悪、俺をあの場に置いて帰るかと思ったのだがそこまで性根は腐ってないらしい。

だが、突然疲れたとか言い出してその辺に放り出さないとも限らない。

そうなる前に自力で動ける位には回復したいのだが。

 

「…言っておくがお前を背負う位、私にとってはなんでもない事だ。」

 

またしても俺の心を読んでいたらしい。

もうこいつの前で下手な事を考えるのはよそう。

 

 

 

 

「…所で、酒はどうした?」

 

あ、大鷲に攫われた時に落としたままだ。

 

「…この辺に置いていくからな、後は自力でどうにかしろ。」

 

そんな酷い。

 

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