第1章 第5話 「魔法ノート、はじめました」

■1. ノート、それは俺の武器

 


「……ふふふ、できた。完成だ……!」


 


俺は震える指で、1冊のノートを閉じた。

装丁は地味、だが中身は違う。


これは、俺がこの世界で戦うための最終兵器。


 


名付けて――『詠唱魔導大全・試作稿α』。


通称、『俺の中二全開ワード集』。


 


「なにが“大全”よ。……寝言かと思ったら、起きて真顔で書いてるし」


 


「うるさい! これは真剣勝負なんだよ!!」


 


俺の職業は語彙術師(ヴァーバリスト)。


すなわち、ラノベ作家として培った“厨二ワード”がそのまま戦闘魔法になる職業。


このノートは、その“詠唱”を自作するためのものだった。


■2. 詠唱、発動(でも便意)

 


今日は、自作魔法の初実践。


裏庭でリュミエールに見守られながら、俺は詠唱を始める。


 


「さあ、いくぞ……俺の魂の詠唱を!!」


 


【詠唱全文:詠炎魔法夢現爆焔(イマジン・バースト)


「閃光よりも早く、夜よりも深く――」

「我が夢幻(イリュージョン)に宿りし炎よ、妄想を超え、現(うつつ)に火を灯せ」

「愛と絶望の狭間にて、語られぬ想いが燃え盛るとき、世界はひとつの熱に包まれる」

「震える魂よ、今こそ吠えろ――」


「《夢現爆焔(イマジン・バースト)》!!」


 


「うっ……」


 


「ちょ、なに!? なんか変な音したわよ!? 体内から“キュルル”って音が……!」


 


「ち、ちがっ、うあっ、あああああああああああ!!!」


 


詠唱途中、便意が頂点に達する。


内なる魔力と内なるモノが同時に暴走!


 


\ドガァァァァァァン!!!!!/


 


爆風。


裏庭消滅。


屋敷が吹き飛ぶ。


 


「ちょっとおおおおお!? わたしの部屋ァァァァァァ!?」


 


「うああああああああああ!? パンツどこぉぉおおおお!!!」


 


立ち尽くす俺は――全裸だった。


魔力暴走の熱で、服ごと蒸発。


 


「全裸爆発勇者爆誕だわコレ……」


 


「うるっさい!! 人前で詠唱するなら、おむつしてからにしなさいよ!!」


■3. ノートの“問題箇所”

 


爆発後、ノートが風でぱらぱらと捲れ、リュミエールの目に一文が飛び込んだ。


 


「詠唱補助式:彼女の耳に接吻しながら唱えると発動率が30%上昇」


 


 


「……な、なにこれ?」


 


「ちょ、ちょっとした……言霊強化の実験で……!」


 


「わ、わたしの耳を、な、なんですって!? キスって……そ、そんなの、ひゃっ……!!」


 


耳まで真っ赤に染まったリュミエールは、ノートをぐしゃぐしゃに抱きしめて叫んだ。


 


「こんなノート、燃やしてやるぅぅぅぅ!!」


 


「やめてえええええ! 僕の全詠唱がああああ!!」


■4. でも、ちょっとだけ

 


その夜。


焼け残ったページを抱えて凹む俺の横で、リュミエールはぽつりとつぶやいた。


 


「……耳のこと、ちゃんと許可取ってからね……じゃなきゃ、ほんとに怒るんだから」


 


顔を背けながらそう言った彼女の頬は、うっすら赤かった。


 


(えっ、なにその、照れデレ!?)


 


「……勇者、調子に乗らないこと。次は“下”じゃなくて、“心”を脱ぎなさい」


 


「う、うん。いや、それ名言っぽいけど意味ちょっと分かんない!」

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