第2話 カギの倉庫
―帳票のファイルに貼り付けられた封筒から出てきたのは、ゴルフの領収書13枚と、集荷場設備の評価額三億円超。―
手書きで「補償対象」と「六車段ボールへ」というメモ。
封筒に入れて引き出しに保管していたはずの帳票が、きれいに消えていた。
鍵はかけていた。引き出しも荒らされていない。
瀬又 朔は、ゆっくりと椅子にもたれて、考えを巡らす。
―早すぎる―誰かを疑う暇もない。
> 「うちの組合、集めた野菜出荷してないってマジ?」
> 「また段ボール届いたけど、いつまで積みあがるの?」
> 「選果場は“補償が通るから大丈夫”って言ってた」
焼酎片手にスマホを操作、瀬又は匿名SNS「ペルソナボックス」を開いた。
「FUサラサ」「段ボール」「選果場」「補償金」で検索。
その夜も居酒屋「八重」で宮司係長と焼酎を酌み交わす。
「帳票がなくなりました。証拠隠滅ってやつ」
「マジか。え、てことは内部?サラサから出向してるやつおったっけ?」
「情報部にひとり、入組して5年目ぐらい。が、泥棒するかなぁ…?」
朔は、細身で頼りないメガネをかけた青年の姿かたちを思い浮かべた。
「そういえば、六車段ボールって、”サラサ”とか、宮司さんとこの”なみかぜ”と取引ありますよね」
「うちが年間で五千万ぐらいかなぁ。まぁ、役員のやりそうなことよ。取引保ってやる代わりに、ゴルフ代払わせるとか」
「つまらん、本当に。誰の金で支払ってると思ってるんですかね…。宮司さん、あの選果場に三億も価値あると思います?」
「ないね、あって二千万やろ。新幹線の高架にかかる予定とか?水増し請求でっしゃろ」かっかっかと悪の組織のボスのように宮司が笑った。
≪帳票書き換えさせたりね。あの土谷って係長が無言で持ってきて。イラっとした。≫
ペルソナボックスには、新たな投稿。
「#サラサ」ハッシュタグをフォローしていた。
アカウント名は『029sarasara』。
瀬又はDMを送る。
≪サラサの職員ですか?私は、統括会の職員です。帳票を書き換えたことについて詳しく教えてもらえませんか?≫
>資材部門にいました。もう辞めてます。営農常務の指示で、選果場の帳票に”27日稼働”って。三年前です。
≪証拠になるようなものはありませんか?≫
> 「倉庫にファイルが残ってるはず。配送口の裏、鍵ついてない大きなキャビネット」
平日の13時。宮司とともに、朔は選果場へ向かった。
二人の腕には「広報担当」の腕章。
警備員に、にこやかに挨拶して、配送口裏の倉庫に案内してもらった。
倉庫には鍵がかかっている。
だめみたいですと振り向いたら、宮司が金属片のようなものを扉の隙間に差し込んで、ふっ!っと力を込めたら開いた。
「なんですか」
「お、瀬又くんの知らないこと、またあったね~!営農倉庫はこうやって開けましょう」
「なにしたんですか」
「ぜったい、教えない」宮司は楽しそうに笑い、倉庫に一番乗りした。
一番奥のキャビネット、ホコリをかぶったファイルの中に、それはあった。
『対象設備(案)/対応資料』
評価額とともに、段ボール業者との“メモ”がホチキス留めされていた。
> 六車段ボール、1.8倍、在庫は資産へ。
> 収用決定後、振込、指示:Shina
「シーナ?」
宮司がにやりと笑った。「営農常務どころか、大物ひいたんじゃないの」
翌日、朔は報告書の「第二稿」を起草し始めた。
タイトルはこうだった。
『FUサラサにおける補償対象設備の評価不正および取引先業者との癒着疑惑について』
現時点では、役員や政治家の名前は出てきていない。
だが、確実に不正な金が動いている痕跡がある。
宮司係長は言った。
「これ爆発したら、合併どころじゃなくなるやん」
朔は語気を強める。
「だからこそ、やるんです。この時限爆弾抱えたまま合併した方が危ないでしょ」
「正義感の強いAI、やだねぇ」
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