第9話 心の距離

「悩んでいらっしゃいますね」


 ユキハは俺の部屋に入りながらそう言った。

 俺はベッドに腰掛けて俯きながら返事をする。


「ああ……。まあ、な……」


 彼女はそのまま俺の方まで歩いてくると、俺の隣に腰をかけた。

 そして俺の顔を下から覗き込むとこう言う。


「ジンさんは強くなりたくないのですか?」


 その声音はとても優しく、気遣うような口調だった。

 俺がここで弱音を吐き、逃げ出したいと言えば、おそらくユキハは手を貸してくれるだろう。

 ユキハは俺にサーシャの願いを叶えて欲しいと思っているようだが、無理強いはしてこないだろうという予感があった。

 しかし……ここで逃げたら今までの自分と何も変わらないことになる。

 ここで何も変われなかったら、死に際も同じになるに違いない。

 それだけは嫌だという想いが、そして年若い少女に弱音を吐きたくないというプライドが、俺を引き留めていた。


「強くなりたいさ。もっともっと、強くなりたい。でも……」


 俺はその先の言葉を口にすることを躊躇してしまった。

 何だか恥ずかしいことのように思えたのだ。

 自分の弱音を、本心を他人に伝えることは、とても勇気が要ることだ。

 どうしても、ちっぽけなプライドというものが邪魔をしてしまう。

 しかし――


「まだ死にたくない、ですよね?」

「……ああ、そうだな。そうだとも。俺はまだ死にたくないんだ」


 あっさりと俺の想いをユキハが口にしてしまった。

 俺が不貞腐れたようにその言葉に同意を示すと、彼女はにっこりと微笑んでこう言った。


「ふふっ。ジンさんはとても頑張ってきたんですね」

「……どうしてそう思うんだ」

「だって、普通はそこまで死にたくないと強く思ったりしないはずです。何か悔しい思いをしたり寂しい思いをしてきたのでしょう?」


 ユキハの言う通りだ。

 努力が報われず、悔しい思いをたくさんしてきた。

 結果が出ず、孤独で寂しい最期を迎えた。

 だから俺はここまで孤独に死にたくないということに固執しているのだ。


「ジンさん」


 ユキハは真剣な面持ちで俺を見て、そう声をかけてきた。


「どうした?」

「私は……実はサーシャ様の特訓から逃げ出した、孤児の一人だったのです。サーシャ様の特訓が辛くて苦しくて、すぐに根を上げてしまいましたけど」


 そうだったのか……。


「しかしそれだったら、どうしてこんなところでメイドを続けてるんだ?」

「孤児院でも私は鈍くさいという理由で虐められていましたからね。帰る場所もなく、結局ここにメイドという形で置かせてもらうことになりました」


 彼女はなんてことないように言ったが、それはとても辛い記憶なはずだ。

 しかしそれを伝えてくれたことに、俺は彼女と一定以上の信頼関係が築けている気がして、少し嬉しくなった。


「だから、ジンさんはとても偉いと思います。直向きに努力して、弱音も吐かないで、私には出来そうもありません」


 俺は別に偉くなんかない。

 全部自分のためにやっているだけなのだから。

 そう反論しようとするが、それよりも先にユキハが言葉を紡いだ。


「でも。少しくらいは弱音を吐いてくれてもいいんですよ? 私にはこれといった特技はありませんが、弱音を聞くことくらいは出来ますから」


 俺は思わずユキハの方を見た。

 彼女はどこか恥ずかしそうに頬を染めて視線を背けた。

 俺は少し悩んだが、結局彼女にこう言った。


「そうか。なら――ちょっとだけ付き合ってもらおうかな」

「はい。お任せください。今日は眠くなるまでとことん付き合いますよ」


 そうして俺はユキハに弱音をぶちまけた。

 孤独に死にたくないこと、誰も自分の努力を認めてくれなかったこと、結局努力が報われてこなかったこと、誰かに一度でもいいから褒めてもらいたかったこと、そんなことをつらつらと喋って、ユキハはそれを黙って聞いていてくれていた。


 それから――


「ジンさん。他の誰もがジンさんの努力を認めずに、ジンさんのことを褒めなかったとしても、私が何度でもジンさんのことを褒めてあげます。ジンさんの努力をずっと傍で見守っていてあげます。だから……安心してください。もうジンさんは一人じゃありません」


 ユキハは最後にそっと俺の手に自分の手を重ねながら言った。

 それを聞いて俺は覚悟が決まった。

 もう一人じゃない。

 ユキハが傍にいてくれる限り、孤独に死ぬことはもうないだろう。

 だったら――命をかけて強くなろうとしてみても良いのではないか。

 俺はそう思った。


「ありがとう、ユキハ。覚悟が決まったよ」

「ジンさん。私は信じてます。貴方がサーシャ様の特訓を全て乗り越えることを」

「任せとけって。努力するのは得意だからな。乗り越えてみせるさ」


 俺は少し恥ずかしくなりながらも、そう豪語した。



   ***



 そして次の日。

 俺はサーシャと向き合って彼女に向かってこう言った。


「俺にとびっきりの上級魔法を教えてくれ」


 それを聞いたサーシャはニッと笑ってこう言うのだった。


「ああ。任せろ。お前に上級魔法の全てを叩き込んでやる」

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