第4話 それぞれの孤独、交差する視線
1992年、秋。
原宿の竹下通りは、相変わらず若者たちで溢れていた。
だが、その中に自分がいたことを思い出すと、小泉今日子は少し遠い目をした。
「もう私は、あの人たちの“向こう側”にいるんだな」
二十代後半を迎え、彼女は“元アイドル”という肩書きと共に、女優、舞台、文筆業など表現の場を広げていた。
テレビのバラエティに出る機会は減り、代わりに自分で選んだ仕事だけを静かに続けている。
そんなある日、ある雑誌の編集者から連絡が入った。
「対談企画、ぜひ美穂さんとやっていただけませんか? 久しぶりの再会、きっと話題になりますよ」
電話口の声に、今日子は一瞬黙り込んだ。
──彼女と会うのは、何年ぶりだろう。
最後にきちんと顔を合わせたのは、90年の音楽番組のリハーサルだった。
楽屋の廊下で少し立ち話をして、美穂が「また一緒に歌いたいね」と笑った。
だが、そのとき今日子はなぜか、返事ができなかった。
笑顔の奥にある疲れた目を、彼女は見逃さなかったのだ。
一方、中山美穂は26歳。
アイドルから女優へ。過渡期のまっただ中だった。
恋愛ドラマやCMに引っ張りだこで、雑誌の表紙を飾れば飛ぶように売れた。
華やかに見えるその生活の裏で、彼女は気づいていた。
──自分の中から、なにかが少しずつ削れていく感覚に。
「最近の私は、ちゃんと笑えてるのかな」
マネージャーが帰ったあと、一人きりのマンション。
冷えたワインとサンドウィッチ、ラジカセから流れるのは、数年前に録音したカセットテープ。
くすくす笑いながら、くだらない話を続けるふたりの声。
“きょんちゃん”と“美穂”。
あの頃のわたしたちは、何も考えずに、ただ一緒にいれば良かった。
撮影帰りのタクシーの中、今日子はカーラジオから流れる美穂の新曲に耳を傾けた。
柔らかく、でもどこか切ない旋律。
大人の女になりつつある声に、今日子はそっと目を閉じた。
(あの子、変わったな。きれいになった)
再びカセットテープに録音しようと、バッグからウォークマンを取り出す。
けれど、録音ボタンには指を伸ばさなかった。
言葉にできない想いは、音にも残せない。
互いの姿を、テレビ越しや雑誌で見る日々。
でも、直接会って話すことはない。
ライバルではなかった。
でも、誰よりも“近くて遠い存在”。
夜空に白い月。
ふたりは別々の場所で、それぞれの道を歩いていた。
それでも、どこかで確かに視線は交差している。
それだけは、信じていた。
つづく
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