東京異能録

@C_AJIRO

第1章 第一節 《柊 静音》1

 都内中心部にある、高級ホテルの最上階。普段の生活であれば、絶対に足を踏み入れないであろう場所に、柊 静音はいた。


 静音がスィートルームを利用する事自体は、初めてではない。3年前の短大の卒業旅行で、地方都市にある観光ホテルのスイートを1つだけ取って、社会科見学気分で使ったことがあったからだ。


 とはいえ、そのときの人数は女子のみで8人。部屋を居室として使うよりは、パーティルームとして利用した、と表現した方が正しい。幼馴染の和華が率先して手配してくれたのを思い出した。プレセント交換の品として和華が持ち込んだ髪飾りに、似合うアレンジを和華の妹の揺葉がしてくれたのを思い出した。居合わせた皆が、こぞって静音のことを「お姫様みたいだ」と褒めてくれたのを思い出す。


――あの頃は良かった、のかな。


 今となってはずっと昔のことのように感じる。

 思えば、色々あったのだ。本当に、言葉に尽くせないほど、色々と。


 あのパーティの後、まだ高校生だった揺葉を除いた皆は、それぞれ就職をして、自分だけ、家事手伝い。生家が大きく古い神社であるから、神社の神職としての仕事はあったけれど、地元で就職したのは一人だけで、あとは皆、東京へ就職していった。


窓の外、眼下に広がる東京の光り輝く夜景に映り込む自分の姿を、静音はぼんやり眺めた。


――あの頃の私と、どれだけ変わったのかな?


 静音は自問自答する。


 出来なかったことの幾つかは出来るようになった。


 知り合いも増えた。


 でも、それだけだ、と静音は思う。それ以外は全く変わらない。嘆くだけ嘆いて、それだけ。流れに流されるように、すべてを受け入れて。


 そして、気がつけば、ここに、いる。


 最低だ。


 静音は自分の振る舞いを、重ねた選択を、そう断じた。


 静かに唇を噛みしめると、背後で部屋の扉が開く気配がした。


 入ってきたのは、長身の男。年の頃は30手前くらい。


 黒のスラックスに、同色のインナー。趣味の良いグレーのカジュアルジャケット。そして、どんな人混みですれ違ったとしても、振り向かずにはいられないような、端正な顔立ち。


「落ち着いた?」


 暖かさを感じさせる、おちついた声。穏やかな口調は、静音を慮ってのことであるのは明らかだった。


「結果的に、攫ってしまったからね。びっくりしたでしょ?」


 そう。静音はこの男――久我山龍彦にさらわれて、この新宿にある超一流ホテルのスイートにいるのだった。

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