第2話  旅立ち



朝靄がヨリソイ村を包み込む頃、ハルは目を覚ました。窓から差し込む柔らかな朝の光が、古びた木の床を黄金色に染めている。枕元に置いていた小さな青い結晶が、まるで呼吸をするように光を放っていた。


「風の星…」


ハルはそっと結晶に触れた。指先が触れるやいなや、部屋に心地よい風が吹き抜け、彼の茶色いボサボサ髪を揺らした。


昨日までの世界と今日の世界は、もう同じではなかった。ハルが山の奥深くで見つけたこの青い結晶は、伝説の「風の星」だった。トモノ婆がいつも語っていた「オトハの神の五つの星」の一つ。神の力が宿るという不思議な結晶だ。


それを手にした瞬間から、ハルは風と話せるようになった。風は囁き、歌い、時に笑う。それは幼い頃から聞こえていた「声」がはっきりとした言葉になったようだった。


布団から抜け出し、窓辺に立つ。村が目覚める前の静けさの中、ただ風だけが活発に動き回っていた。谷間に位置するヨリソイ村は、急峻な山々に囲まれ、外の世界からは隔絶されていた。村人たちは質素に、しかし自然の恵みを大切にしながら平和に暮らしていた。


「今日こそ、婆ちゃんに話すんだ…」


ハルは昨日から決心していた。この星のことを、風の声のことを、そして昨夜の夢のことを。夢の中で見た「光の道」と、それを辿れという風の囁きを。


「ハルー、朝ごはんできたよー」


階下からトモノ婆の声が聞こえてきた。ハルは風の星を首から下げた紐に通し、服の中に隠した。胸元で星がほのかに脈打つのを感じる。


「今行くよ、婆ちゃん!」


階段を降りると、懐かしい匂いが鼻をくすぐった。トモノ婆の特製、山菜と豆のスープだ。テーブルには蒸したパンと、庭で採れた果実も並んでいる。


「よく眠れたかい?」


トモノ婆はいつも通り、丸眼鏡の奥の目を優しく細め、微笑んだ。白髪は後ろでまとめられ、腰に風鈴のような音が鳴る杖を差している。村では「賢婆(かしこばあ)」と呼ばれ、古い言い伝えに詳しく、村人の相談役でもあった。


「うん…でも、変な夢を見たんだ」


ハルは椅子に座り、スープを一口すすった。熱々のスープが喉を通り、体に力が湧いてくる。


「どんな夢かね?」


「空から五つの星が落ちてきて、世界中に散らばる夢…そのうちの一つが僕のところに来て…」


言葉を続けようとした時、突然窓辺で風が強く吹き、カーテンが大きく揺れた。同時に、胸元の星が強く光ったような気がした。


トモノ婆の表情が一瞬だけ硬くなる。杖を握る手に力が入った。


「…その夢の続きは?」


「僕は…その星を追いかけなきゃいけないんだって。他の星を集めるために…」


トモノ婆はゆっくりと立ち上がり、窓の外を見やった。ハルは婆ちゃんが何を考えているのか、その背中からは読み取れなかった。


「ハル、あんたがこの村で生まれた日のことを覚えておるかの?」


「僕が生まれた日?」


意外な質問にハルは首を傾げた。


「あの日、イツクシの地は大嵐に包まれた。雷が山を打ち、風が木々を倒し、川は溢れた」トモノ婆はゆっくりと語り始めた。「あんたの母さんはあんたを産むと、『この子は風と共に生きる』と言い残して、この世を去ったんじゃ」


ハルは固唾を飲んだ。母親のことを聞くのは久しぶりだった。父親のことは全く知らない。生まれてすぐ、トモノ婆に育てられてきたのだ。


「その夜、空には五色の光が走った。まるで星が踊るようにな…」


婆ちゃんは振り返り、ハルの目をまっすぐ見つめた。


「あんた、何か見つけたんじゃないかね?」


ハルは胸の内の葛藤を感じつつも、ゆっくりと頷いた。シャツの中から青い結晶を取り出す。部屋の中が途端に風の気配で満ちた。


「風の星…」トモノ婆はため息をついた。「やはり、時が来たか…」


「婆ちゃん、これが何なのか知ってるの?」


トモノ婆は頷き、杖を突きながらゆっくりと奥の部屋へ向かった。「ついておいで」


奥の部屋は普段ハルが入ることを許されていない場所だった。トモノ婆が厳かに扉を開けると、中は古い書物や奇妙な器具で埋め尽くされていた。部屋の中央には大きな地図が広げられている。


「これがイツクシの地じゃ」


地図は村の周辺だけでなく、ハルが見たこともない広大な土地を描いていた。山脈、森、湖、そして遠い海まで。


「オトハの神は五つの星に分かれ、世界の均衡を保っておる。風、炎、水、大地、そして光…」トモノ婆は地図上の五つの場所を指し示した。「あんたが見つけたのは風の星。自由と大気を司る力じゃ」


「でも、なんで僕なんかに…」


「星に選ばれたのじゃ。風があんたを選んだ」


トモノ婆は真剣な面持ちでハルを見つめた。


「星は合わさるべきなのか、それとも散らばったままの方がよいのか…それはわからぬ。だが今、大地に異変が起きておる。魔王ジザールの力が再び目覚め始めている」


「魔王…ジザール?」


「かつてオトハの神によって封印された闇の力じゃ。どうやら封印が弱まり始めたらしい。だからこそ星が動き始めた」


ハルは信じられない気持ちで聞いていた。村の外の世界、神や魔王の話は、いつもトモノ婆の語る昔話として聞いていただけだった。それが今、現実のものとして目の前にある。


「僕には何ができるっていうの?」


「それはわからん。だが、風があんたを導くだろう」


トモノ婆は古い木箱を取り出し、ハルに渡した。


「これは…」


「あんたの母さんの遺品じゃ。旅立つならば、持っていくがよい」


箱を開けると、中には古びた布に包まれた小さなフルートと、一通の手紙があった。


「手紙は…」


「あんたが旅立つ時のためにとっておいたのじゃ。読むがよい」


ハルは震える手で手紙を開いた。


_親愛なるハルへ

あなたがこの手紙を読むとき、きっと風の星はあなたを選んでいることでしょう。あなたには特別な運命があります。風と対話し、他の星を見つけ出す力を持つのは、この世界であなただけ。怖がらなくていい。あなたは一人じゃない。風があなたを守り、導いてくれる。

そして、このフルートを。風の調べを奏でれば、必ず助けが来るでしょう。

あなたを愛しています。どうか、自分の心に従って。

母より_


手紙を読み終えたハルの頬を、熱い涙が伝った。知らなかった母の言葉が、十三年の時を超えて彼に届いた。


「では、あんたはどうするのかね?」トモノ婆は静かに問いかけた。


窓から差し込む光の中で、風の星が青く輝いている。ハルは深く息を吸い込み、決意を固めた。


「行くよ、婆ちゃん。風の言う通り、他の星を探しに」



翌朝、ハルは最小限の荷物をまとめていた。小さなリュックに着替えと、トモノ婆が用意してくれた食料、そして母のフルートと手紙。風の星は常に首から下げ、シャツの中に隠している。


「本当に行くのか…」


トモノ婆は心配そうな表情を隠せなかった。昨日一日中、ハルに旅の心得や注意点を教え、必要な準備を手伝ってくれたが、その顔には不安が浮かんでいた。


「うん、行くよ」ハルは自分でも驚くほど確かな声で答えた。「風がずっと囁いてるんだ。『北へ向かえ』って」


北には広大な「ムカシの森」が広がっている。そしてその先には、伝説の「スミレ湖」がある。トモノ婆の地図によれば、そこに「水の星」の気配があるという。


「このお守りを」トモノ婆は小さな布袋をハルに渡した。「危険を感じたら、中身を風に撒くのじゃ」


ハルは頷き、ポケットにそれをしまった。


最後の朝食を終え、出発の時が来た。村人たちは何も知らされていない。ハルがイツクシの運命を担っていることなど、誰も想像だにしていないだろう。


「婆ちゃん、ありがとう…」


玄関先で、ハルはトモノ婆にしっかりと抱きついた。小さい頃から何度もしたように。しかし今日の抱擁には別れの意味が込められていた。


「気をつけるんじゃぞ」トモノ婆は背中をさすりながら言った。「そして、必ず帰ってくるんじゃぞ」


「うん、約束する」


ハルが振り返る間もなく先に進み始めると、突然風が強く吹き、彼の周りを巡った。まるで送り出しているかのように。


村を出て、森へと続く細い山道を登り始める。振り返ると、谷間に広がる小さなヨリソイ村が見えた。朝もやの中、平和な日常が始まっている。


「さよなら…」


心の中でそうつぶやき、ハルは北へと足を向けた。


山道は急に厳しくなり、呼吸が荒くなってきた。休憩しようと大きな石に腰を下ろした時だった。


「よっ、風の子!」


突然の声にハルは飛び上がった。辺りを見回すが、誰もいない。


「ここだよ、上!」


見上げると、木の枝に青い鳥が止まっていた。普通の鳥より少し大きく、羽が風のように透き通っているように見える。そして、その鳥が話している。


「びっくりした?私はカンナ。風の精霊さ」


「え…風の精霊?」


「そう、風の星の守り手。あなたが星に選ばれたから、私も現れたの」


カンナと名乗る鳥は枝から飛び立ち、ハルの肩に止まった。近くで見ると、その姿は実体があるようでないような不思議な存在だった。


「本当に…話すんだ…」


「もちろん!風の星を持つ者には、風の声が聞こえる。だから私の声も聞こえるのさ」


ハルは驚きながらも、何故か恐怖は感じなかった。むしろ、心が温かくなるような安心感があった。


「これからどこへ行くの?」カンナが尋ねた。


「スミレ湖へ。水の星を探しに」


「なるほど!良い選択ね。でも、その前にもっと風の力を理解した方がいいわ」


ハルは首を傾げた。「風の力?」


「そう、あなたは風を操ることができるのよ。ちょっとやってみましょうか?」


カンナの指示に従い、ハルは目を閉じ、胸元の星に意識を集中させた。風の流れを感じ、それを導くイメージをする。


すると、周囲の風が変わり始めた。最初は小さな揺れだったが、次第に強くなり、彼の周りを螺旋状に回り始めた。


「すごい!」


目を開けると、自分の周りに小さな竜巻ができていた。驚いて集中が切れると、風はすぐに収まった。


「これが風の力…」


「そう、でもまだ始まりに過ぎないわ。練習が必要ね」


カンナと共に歩き始めたハルは、少し自信を持ち始めていた。たとえ小さな少年でも、風の力があれば何かできるかもしれない。


森の中へ入ると、木々が密集し、道は細くなっていった。時折、獣の足跡や奇妙な植物を見つけ、カンナが説明してくれる。鳥の精霊は自然に詳しく、森の生き物たちとも会話できるようだった。


「ねえ、カンナ」歩きながらハルは尋ねた。「他の星を持つ人たちは、どんな人なんだろう?」


「それはね、星によって選ばれる人は違うわ。炎の星は情熱と命の力。きっと強い意志を持つ人ね。水の星は癒しと記憶の力で、優しく賢い人かしら」


カンナの話を聞きながら歩いていると、森の雰囲気が変わり始めた。木々の間から差し込む光が少なくなり、空気が冷たくなる。


「気をつけて」カンナが低い声で警告した。「誰かが近づいているわ」


ハルは足を止め、周囲に注意を向けた。すると、木々の向こうから明るい光が見えた。それは炎のようにゆらめいている。


「隠れて!」


カンナの言葉に従い、ハルは大きな木の陰に身を潜めた。光源が近づいてくる。それは松明ではなく、手の中に炎を持った人物だった。


赤い炎の光に照らされて見えたのは、ハルとほぼ同年代の少女だった。黒い三つ編みの髪と、燃えるような赤い瞳。何かボロ布を巻いたような服装をしている。


「出てきなさい!隠れてるのが分かってるわよ!」


少女の声は厳しく、挑戦的だった。ハルは迷ったが、カンナが小さく頷いたのを見て、ゆっくりと姿を現した。


「あなた、誰?この森で何してるの?」少女は手の炎を大きくしながら問いただした。


「ぼ、僕はハル。ヨリソイ村から来たんだ。スミレ湖に行くところ…」


少女の目がハルの胸元に止まった。シャツの隙間から風の星がわずかに光を放っていたのだ。


「あなた…星を持ってる?」


その問いにハルは驚いた。彼女は星について知っているのか?


「え、あ、うん…風の星っていうんだ」


少女は片眉を上げ、不信感と興味が入り混じった表情を浮かべた。


「私はマオ。ガレンから来たの」彼女は胸元から赤い結晶を取り出した。「これは炎の星」


ハルの目が見開かれた。探していた星の一つが、こんなにも早く現れるとは。


「星を持ってるなら、あなたも導かれているのね」マオは言った。「でも、私はあなたの仲間じゃないわ。私には私の目的がある」


「待って!僕たち協力できるんじゃないかな?」


マオは首を横に振った。「私は一人でいい。星はきっと私が集めるわ」


「でも、何のために?」


「それはあなたに関係ないでしょ!」


マオの言葉に炎が強く燃え上がった。ハルは本能的に風の力を呼び、自分の周りに風の盾を作った。炎と風がぶつかり、光と風の渦が生まれる。


「やめて!二人とも!」カンナが二人の間に飛び込んだ。「星の持ち主同士が争うのは愚かよ!」


マオはカンナを見て驚いた表情を浮かべた。「精霊…?」


「そう、風の精霊よ。あなたたちは協力すべきなの。五つの星は一つになるべきだから」


「一つに…?」マオは疑わしげな表情を浮かべた。


「そう、オトハの神の力を取り戻すためにね」


マオはしばらく考えた後、炎を消した。「話を聞かせてもらうわ」



夕暮れが森に影を落とし始めたころ、三人は小さな空き地で休むことにした。ハルはカンナの指示で風で枯れ葉を集め、マオは指先から炎を灯して焚き火を起こした。


「すごいね、火を自由に操れるなんて」ハルは素直に感心した。


マオは照れたように顔を背けた。「別に大したことじゃないわ」


火の周りに腰を下ろし、カンナが星の伝説について詳しく語り始めた。


「オトハの神はイツクシの地を創造し、調和をもたらしていました。しかし、魔王ジザールが現れ、闇と破壊の力で世界を脅かしました」


ハルとマオは真剣な面持ちで聞いている。


「壮絶な戦いの末、神は魔王を封印しましたが、力を使い果たし、五つの星に分かれて散らばりました。風、炎、水、大地、そして光…」


「この星が神様の力なの?」マオは赤い結晶を見つめながら問いかけた。


「そう。そして星は持ち主を選び、力を与えます。あなたたちは選ばれたの」


「でも、なぜ私たちなんかが…」


「それは星だけが知っていることよ」カンナは羽ばたきながら答えた。「でも、今、魔王の封印が弱まりつつある。だからこそ星が動き始めたの」


マオは黙って炎を見つめていた。彼女の赤い瞳に火が映り、何かを決意するように光っている。


「マオ、どうしてガレンから来たの?」ハルは静かに尋ねた。


マオはしばらく答えなかったが、やがて低い声で語り始めた。


「ガレンは…もう廃墟よ。かつては火山の恵みを受けた豊かな都市だったけど、ある日突然、地下から黒い煙が湧き上がり、人々を蝕み始めた」


彼女の声には悲しみと怒りが混じっていた。


「両親も、友達も、みんな…黒い煙に変えられてしまった。私だけが生き残ったの」


「それは…」


「それから私はずっと一人だった。そんなとき、火山の中心で炎の星を見つけたの。それを手にした瞬間、炎が私に語りかけてきた。『北へ向かえ』って」


ハルは目を見開いた。彼も同じメッセージを風から受け取っていたのだ。


「私は復讐のために来たの。魔王を倒して、ガレンを元に戻すために」マオは強く言い切った。


カンナは羽を震わせた。「魔王との戦いは危険すぎるわ。まずは他の星を集め、オトハの神の力を復活させることが先決よ」


マオは不満そうな表情を浮かべたが、反論はしなかった。


「明日はスミレ湖に向かうの?」ハルは話題を変えようとした。


「ええ、そこに水の星の気配があるから」カンナは頷いた。


夜が更けて行く中、三人は交代で見張りをしながら休むことにした。ハルが最初の番を引き受け、マオとカンナが眠りについた。


静かな森の中、ハルは空を見上げた。星々が瞬いている。どれもきれいだが、胸に抱く風の星とは違う。あれは本物の星で、これは神の力の結晶なのだ。


「オトハの神様…僕に力を貸してください」


ハルは小さく祈った。そして母のフルートを取り出し、そっと唇に当てた。練習したことはなかったが、なぜか指が自然に動き、美しい音色が森に広がった。


風がさわやかに吹き抜け、木々が優しく揺れる。まるで自然全体が彼の音楽に応えているかのようだった。


フルートを吹き終えると、不思議な安心感がハルを包んだ。「きっと大丈夫」そう思えた。


翌朝、三人は早くに出発した。マオはハルと一緒に行くことを渋々認めたようだった。まだ完全には心を開いていないが、少なくとも敵対はしていない。


「スミレ湖までは、あと半日の道のりよ」カンナが先導しながら言った。


森の中を進むにつれ、木々はより古く、より大きくなっていった。「ムカシの森」の中心部に入り込んでいるのだ。太古の巨木が空を覆い、神秘的な雰囲気が漂っている。


「気をつけて」マオが突然立ち止まった。「何か変な気配がする」


ハルも感じた。風の流れが不自然に滞っている。カンナの羽がピンと張り、警戒している。


「隠れて!」カンナが緊急に声を上げた瞬間、森の奥から黒い霧のようなものが現れた。


三人は大きな木の後ろに身を潜めた。黒い霧は人の形をしていないが、明らかに意志を持って動いている。




山の中腹に漂う不自然な紫がかった霧を、ハルとマオは警戒の目で見つめていた。


「あれが闇霧か...」ハルは小声で呟いた。風の精霊カンナが二人の肩に降り立ち、青い羽をわずかに震わせる。


「間違いないわ。ジザールの魔力が具現化したもの。触れれば生命力を奪われる」カンナの声は風のように揺れていた。


マオは手の中で小さな炎を灯し、赤い瞳を細めた。「どうやって倒すの?普通の攻撃じゃ通用しないんでしょ?」


「二人の星の力を合わせないと」カンナが答えた。「でも気をつけて。闇霧には意識があるわ。近づけば襲ってくる」


その言葉が終わるか終わらないうちに、紫の霧が蛇のように動き始め、二人に向かって伸びてきた。


「来るぞ!」ハルは叫び、風の星を握りしめた。淡い青い光が彼の体から放たれる。


「任せて!」マオは前に飛び出し、両手から炎を放った。赤く激しい炎が闇霧に向かって駆け上がるが、霧を貫くことなく消えていく。「なんだ、効かない!」


闇霧の触手がマオの足首に絡みつき、彼女の顔から血の気が引いていく。「冷たい...力が...」


「マオ!」ハルは風の力を呼び起こし、彼女の周りを風の壁で包む。闇霧は一瞬ひるむが、すぐに濃度を増して押し寄せてくる。


「ハル、聞いて!」カンナが急いで言った。「風だけでも炎だけでも足りない。光と闇のバランスが必要なの。風が炎を支え、炎が風を照らす——二つの星が共鳴するように!」


ハルはマオの方へ走り寄り、彼女の手を取った。「マオ、一緒にやろう!僕の風とキミの炎、重ねてみよう!」


マオは弱々しく頷き、残った力を振り絞って炎の星を握りしめる。「...やるしかないわね」


二人は互いの手を握り、星のかけらを合わせた。風の青い光と炎の赤い光が混ざり合い、紫色に輝き始める。


「風よ、僕の声を聞け!」ハルが叫ぶ。

「炎よ、わたしの思いを形にして!」マオも声を合わせる。


二人の周りに風が渦巻き、その風に乗って無数の火の粒が踊り始めた。やがてそれは光の竜となり、闇霧に向かって飛びかかった。


闇霧が悲鳴のような唸り声を上げる。光の竜は霧の中心に飛び込み、内側から紫の闇を燃やし始めた。闇霧は膨張し、縮小し、最後には光の中に溶けていった。


風と火の力を使い果たし、二人は膝をつく。


「やった...」ハルは息を切らしながら言った。

「ええ...」マオも微笑み、初めて心から安心したような表情を見せた。


カンナは静かに二人の前に降り立ち、青い羽で彼らの頬を優しく撫でた。「素晴らしい。これが星の真の力よ。一つではなく、共鳴することで生まれる力」


山の風が清らかに吹き抜け、二人の髪を揺らした。闇の気配は完全に消え、辺りには新鮮な空気だけが満ちていた。


「次は...どこへ行くの?」マオがハルに尋ねる。

「まだ三つの星がどこかにある」ハルは立ち上がり、地平線を見つめた。「それに、ジザールの力はまだ世界のあちこちに残っている。見つけ出さなきゃ」


マオは無言で立ち上がり、ハルの横に並んだ。二人の手にある星のかけらが、かすかに共鳴するように光を放っている。


「行こう」二人は口を揃えて言った。まだ見ぬ冒険へ、そして残りの星のかけらを求めて——

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