第11話 信頼


静かな午後。

警察署は、久しぶりに落ち着いた空気に包まれていた。


 


理人はデスクに座り、手持ち無沙汰にペンを回している。

資料はすでに片付けられ、事件の余韻だけが、ほんの少しだけ部屋に残っていた。


 


片桐がコーヒー片手に近づいてくる。


 


「理人、今日の夜、飲みに行くか?

事件も片付いたし、たまには派手に祝杯でもあげようぜ」


 


「……うん、いいね。

なんか、すごく久しぶりに、普通に飲めそうな気がする」


 


理人は、少し笑った。

そして、その笑顔は本当に自然だった。



夜。

行きつけの居酒屋。

焼き鳥の匂いと、ざわつく声が、日常に戻ったことを感じさせた。


 


「いやー、理人がちゃんと終わらせてくれて助かったよ。

ほんと、お前ってやつは――変だけど、頼りになるわ」


 


片桐はビールジョッキを持ち上げ、乾杯の合図を送る。


 


「乾杯、だな」


 


理人もジョッキを合わせた。

泡のはじける音が、耳に心地よい。




「蓮は元気か?」

 



「……うん、いつも通りって感じだね。

蓮や片桐さんがいたから、僕はちゃんと終われたよ」


 


「ふっ。

お前が自分で決めて、自分で乗り越えたんだろ。

俺は見守ってただけだよ」


 


「見守ってくれる人がいるって、思ったより心強いんだね。

僕、知らなかったよ」



会話は他愛もなく続いていく。

昔話や、くだらない冗談。

笑い合う時間は、理人にとっても久しぶりだった。


 


けれど――

ふと、グラスを傾けた時、

胸の奥がわずかにきしんだ。


 


「……なんだろう、これ」


 


理人は、何かを思い出そうとしたわけじゃない。

でも、理由のない“引っかかり”が、消えなかった。


 


「片桐さん、

本当に、ありがとうね」


 


「だから、礼なんていいって。

相棒だろ、俺たち」


 


「うん、そうだね」


 


グラスの中の氷が、からんと音を立てた。

それは、終わった“はず”の事件の、最後の音のようだった。



■第11話「信頼」 完


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