第2話 てんし


夜の闇に、錆びた観覧車が静かに回っていた。

廃遊園地。忘れ去られたその場所に、不釣り合いな静寂が満ちている。


ゆっくりと、きしみながら回るゴンドラ。

その中の一つ――外から強く照らされた光の中で、異様な“芸術”が浮かび上がっていた。


ゴンドラの天井から吊るされた遺体。

両手を広げ、背中にはペンキで描かれた白い“羽根”。

肩には、釘が打ち込まれ、そこに偽りの羽根が括りつけられている。


 


「……天使ごっこ、ってわけかよ」


 


刑事が、声を震わせる。

目は、くり抜かれて黒いガラス玉がはめ込まれていた。

口元は、またもや釣り糸で裂けるように吊り上げられ、

胸には、赤いスプレーで大きく描かれたハート。

その中央に――「理人」の名前。


 


「完全に、遊ばれてやがる……」


 


誰かが吐き捨てた。

その時、またもや軽やかな足音が響く。


 


「お疲れ様~。いやぁ、今回はなかなか頑張ったね」


 


金髪の青年――志摩理人。

ゴンドラを見上げ、興味深そうに微笑む。


 


「ふふ……これ、“僕宛て”ってことでOK?」


 


「……志摩、ふざけるな」


 


片桐渉が、現場に入り、低く睨みつける。

だが理人は、構わず近づく。


 


「ふざけてないって。

ほら、“理人”って、ちゃんと書いてある。

犯人、僕の“ファン”だったりしてね」


 


片桐は、理人の肩を掴む。

その手は強く、だがどこか優しさを滲ませていた。


 


「俺が、お前を守る。

こんな奴の好きにさせねぇよ」


 


理人は、その言葉に小さく笑った。


 


「……守られるなんて、慣れてないけど。

片桐さんなら、悪くないかな」


 


そう言って、彼はゴンドラへと歩を進めた。


 


「君、“天使”になったつもりか。

でも、羽根は偽物だし、目はないし――可哀想に」


 


理人は、血塗れの羽根にそっと触れた。

釘の感触、乾いた血の匂い――犯人の執着が、確かにそこにあった。


 


「……片桐さん。

これ、“僕へのラブレター”だよ。間違いなく」


 


「違ぇよ。

これは、お前を“殺すため”のメッセージだ」


 


片桐の声は低く、重い。

理人はふっと笑い、血の付いた指を見つめた。


 


「殺したいってことは、“好き”ってことでしょ?

ねぇ片桐さん、殺し合いって、究極の愛情表現だと思わない?」



警察署。

資料室の一角で、理人は2件目の被害者の情報を整理していた。


――大野智樹。

理人が過去に担当した事件で、“目撃者”として証言した人物だった。


 


理人は、資料をめくりながら、ふと隣のファイルに目を止めた。

1話目の被害者――春川美沙。蓮の母。


 


「……この名前も、見覚えあると思ったんだよね」


 


片桐が、隣から声をかけた。



「ほら、3年前にお前が見た暴行事件。

その時、証言してた女だよ。」


 


目を細めて面白がっているような顔をしている理人を

片桐は、真剣に見つめた。



「理人――お前、わかってるか?

今回の被害者、二人とも“お前と関わった奴”だ。」


 


「……だね」


 


「……理人、気をつけろよ」


 


理人は、静かに笑った。


 


「僕も、ターゲットってこと?

面白いね、片桐さん。

僕、“狙われる側”って嫌いじゃないよ?」


 


「ふざけるな。」


 


片桐の声は低く、重い。

理人は、その視線を受け止めながら、そっと笑った。


 


「じゃあ、守ってね?

片桐さん、頼りにしてるよ」



■第2話「てんし」 完(完全ver)



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