第3話 包囲網、動く

「……やっぱり、あの子は一筋縄じゃいかんね」

山田ケイコは言った。手元の家計簿アプリを見つめながら。


「値引きシールの時間帯、完全に把握してるわよ。

 この前なんか、私の前に並んでたのに、どこからか追加の割引券まで出してきたのよ…」

と、木村トモコがため息まじりに言う。


「そろそろ、“連携プレー”ってやつ、やってみない?」

田中サチコが、低く提案した。


——それは、主婦たちの静かなる包囲網作戦の始まりだった。


作戦1:時間ずらし作戦(ケイコ)


火曜市前日。

ケイコはあえて「前日売り場」に目をつけた。

閉店間際の売れ残りコーナーで、翌日の値下がり予定品をリストアップ。

そこから割引タイミングを逆算し、時間差で行動を開始する。


「若い子には“地味な努力”ってのが足りないのよね…」


作戦2:会話仕掛け作戦(トモコ)


一方トモコは、スーパーのスタッフたちに聞こえるように大声でしゃべる。


「今週のお肉、裏で処理してるって聞いたわよ〜」

「●曜日は魚の解凍タイミングがズレるらしいわよ〜」


それは、**ミカの情報収集の精度を狂わせるための“情報ノイズ”**だった。


作戦3:心理揺さぶり作戦(サチコ)


サチコは、偶然を装ってミカに話しかける。


「そういえば、お子さんいくつなの? うちは反抗期真っ只中でさぁ」

「どこかで働いてたの? 今の時代、大変よね」

「一緒にママ友ランチでもどう?」


——それは、ミカの“孤独”を突く、さりげない情の揺さぶりだった。


そして——

その週の火曜、いつものように姿を現したミカは、いつになく落ち着かない様子だった。


スマホを見ていた指が一瞬止まり、棚の前で立ち止まる。


(……何かが、違う)


その時、彼女はまだ知らなかった。

ベテラン主婦たちの“無言の連携”が、じわじわと自分を追い詰めていることを——。

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