第19話 投稿された動画

 翌日、月曜日。


 よく晴れた青空の下を登校しながら、勇はぼんやりと考えていた。


 昨日の去り際のこと。千帆が穗多香の理想像だと微笑んだ穗多香の皮肉げな口元。

 ……そして、投稿を許可された『ラプソディ・イン・オレンジ』。


 千帆はあの曲をMyriTubeに投稿したのだろうか。さすがにまだ編集が終わってないかな……編集って時間が掛かるっていうし……。


 そして教室で勇を待っていたのは、スマホを手にした前野だった。


「勇、見てもらいたい動画があるんだが」


 前野は眼鏡の奥の視線を深刻なものにして、勇に自分のスマホを見せてくる。

 その意外なほど真剣な眼差しに、勇は身構えてしまった。


「なんだよ」


 もしかして、千帆が早速投稿した曲が大不評で、作曲者である勇にまでアンチが湧いているのだろうか。って、そんな簡単に前野が『ラプソディ・イン・オレンジ』を見つけるとも思えないからこの線はないか。ではなんだ。もしかして勇の盗撮動画が見つかったとかだろうか?


 そこに遅れてやってきた後藤がラリアットをかましてきた。


「舞坂ー!」


 しかし勇も慣れたもので、後藤の腕をひょいと身を逸らして避ける。

 勢い余った後藤は、そのまま通過して後ろの机に激突していた。


 だが後藤はそんなものお構いなしに振り向いて、血相を変えて自分のスマホを勇に差し出してきた。


「舞坂、これ伊勢さんの声だよな? っていうか、伊勢さんのボイスAIっていうかなんていうか、だよな?」


 同時に流れてくる優しいピアノの前奏。キラキラとした黄色だ。


「ってことはさ、これってお前が作った曲?」


 ピアノの前奏は終わり、静かに黄色の声が入ってきて勇の作った旋律を歌い始める。


 前野が自分のスマホを操作しながら勇に確認してきた。


「タイトルが『ラプソディ・イン・オレンジ』。いつだったかお前が言ってた曲と同じだ。そういうことなんだな、勇?」


 ちらりと後藤のスマホ画面を見てみると、確かに動画のタイトルは『ラプソディ・イン・オレンジ』だった。


 それが、MyriTubeで再生されている、ということは。


 やっぱり、千帆のやつ投稿したのか。昨日の今日なのに早い。さすがAI。そしてそれを見つけた前野も後藤も凄い。

 MyriTubeに一日どれくらいの数の動画が投稿されるのかは知らないが、相当な数なのは間違いない。いくら友人とはいえ、その中からこの動画を探し出すだなんて、運がいいとしかいいようがない。


 そんなことを考えながら、勇は慎重に頷いた。


「ああ、俺が作った曲だよ。ごめんな、お前らに一番に聴かせるって約束してたのに」


「それはいいけんだけどさ……」


 息を呑むように言葉を濁す後藤の手の中のスマホの画面では動画が再生されていて、そこには古代ギリシャ風の衣装を着たスラリとした頭身の千帆がいた。8頭身くらいはありそうで、月桂樹の冠を被った長い銀髪が神秘的である。

 SDのチビキャラしか見たことがなかったけど、頭身高くなるとほんとに美少女なんだなぁ――と妙なところで感心してしまう。


 MVは、そんな美少女姿の千帆が、無人の学校のいろいろなところをのぞいていくというものだった。まるで学校生活とはどんなものかを観察しているような、なかなかに趣のあるMVである。


 それに、曲自体も豪華になっていた。勇のピアノに合わせて、控えめなドラムやストリングスの音が重なったりしている。

 歌声も箇所箇所ハモりが足され、盛り上がりのあるアレンジになっていた。


 千帆はセンスがある、と勇は素直に賞賛する。プロ顔負けといっていいだろう。さすが最先端AIだ。


 これで元の通りオレンジ色だったら、文句なしで手放しに褒められたのだが。そこだけが、やはり惜しい……。


「もしかして、気づいてないのか?」


 前野が眼鏡の奥の瞳を戸惑うように瞬かせた。


「……分かってるよ。アンチが沸いたんだろ」


 怖々と呟く勇。前野が深刻な顔で朝イチで報告してくるなんてそれくらいしか考えられない。


 そんなに酷い曲ではないと思うのだが……。千帆がリミックスしてくれたこともあり、クオリティはかなり高く感じられる。MVだって素人目には高品質だ。


「そうじゃねえよ、よく見てみろ」


 と後藤がぐいっとスマホを勇の目の前に突き出してきたので、勇は後藤の手をとって距離をとりつつため息をついた。


「怖いな」


 人に演奏を聞かれるのも自作の曲を披露するのも慣れてはいるが、叩かれるのは慣れていない。


 だが、後藤たちは是が非でも勇に動画の反応を確かめさせたいようだ。

 仕方なく、勇は開いていた『ラプソディ・イン・オレンジ』のコメント欄に目を通した。


『合唱曲みたいで懐かしい気分になる、凄くいい!』


 とのコメントが一番上に表示されていて、勇はホッとした。

 とりあえず、好意的な意見がある。よかった。


 それから下にスクロールしていく。


『いきなりMyriTubeくんにお勧めされたけど、確かにこれはいい』


『なんだか青春って感じ~』


『高校時代を思い出すわ』


 など、好意的なコメントが続いている。

 それとは別に、


『こんな声の歌声合成ソフト、あったっけ?』


『もしかして人間が歌ってる? それにしては妙に合成ソフトっぽいが』


『俺には普通の人間に聞こえるけど?』


 という分析するようなコメントもある。


 ずんずん下に行くと、あったあった。アンチというほどではないが、批判的なコメントだ。


『そんないうほどいいか、これ?』


『なんでこれがこんなに再生数いってるのか分からない』


 ――再生数?


 と思って、勇は再生数を確認する。


 なにかの見間違いかと思った。


 タイトルは確かに『ラプソディ・イン・オレンジ』、16時間前に投稿されたそれは、いま現在24万再生だった。高評価数は2万。チャンネル名はI&M研究室。


 カッ、と勇の顔に意識せず血が上った。遅れて心臓がドクドクと不整脈を大きく打ち始める。


 これは、大バズりといっていいのではないだろうか。




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