第17話 レコーディング

 いろいろハプニングはあったものの、レコーディングの準備は整った。

 ということで、早速レコーディングである。


 勇も穗多香もそれぞれのセットアップを完了させ、静寂の一瞬を経て、目で合図をし合い、勇の指が本番の一音目を奏でる。


 前奏のあと、穗多香がAIボイスで歌い始めた。


 まるで真夏の太陽のような輝く黄色が、ピアノ室に満ちる。

 勇の脳裏には、太陽光に照らされた夏のひまわりや、海にぷかぷか浮かぶ黄色の浮き輪、それに自分の黄色の水着――そんなものの断片が浮かんだ。海の家で食べた焼きそばの味すら思い出す。


 鮮烈な夏の思い出を蘇らせながら、勇はぼんやりと思った。

 これでは『ラプソディ・イン・オレンジ』ではなくて『ラプソディ・イン・イエロー』だ。

 これがもとのオレンジ色の歌だったらどんなにかよかっただろう。この声にはオレンジの光と思い出が合うというのに……。


 その思いが指に移ったのか、何度もタッチミスをしてしまった。だが気にせず弾き通す。事前の説明で、タッチミスしたところはあとで録り直しが出来るといわれていたからだ。


 最後の和音を弾き終わり、指を上げる。余韻を響かせていたダンパーペダルを離すと、勇は穗多香をうかがった。


 穗多香は頷くと、サムズアップいいねを送ってくる。

 しかし勇は椅子の背もたれに肘を掛けてため息をついていた。


「あー、全然だめだ。伊勢の歌はよかったけど、ピアノはだめ。録り直しだ」


「今のままでも全然いいと思うけど、舞坂くんがそういうんなら追加で録り直そうか」


 というわけで、タッチミスしたところを何度か個別に録り直す。


 ミスしたところの一小節ずつをミスが亡くなるまで録り直し、すべてを終えたところで、穗多香はタブレットを操作して通しの曲を聴かせてくれた。


 録り直したものをパッチワークした曲は、まるで最初から完璧に弾いたかのようにスムーズに流れていた。


「へぇー、こんなふうに出来るんだ」


 思わず感心してそんなことを口にすると、穗多香が頷いた。


「千帆がリミックスしたの。でもね、AIに限ったことじゃなくて、プロの現場でもこういう継ぎ接ぎはしてるんだよ」


 ローテーブルの上に置いてあるタブレットから、明るいオレンジ色の声が説明してくる。


 かなりいい感じにまとめてくれたが、勇はそれでも惜しいと思ってしまった。

 リミックスとやらで短時間でこの完成度になるのなら、もとのキーで演奏したらさぞかし綺麗な、理想的な曲になったことだろう。


 このクオリティでちゃんとオレンジ色の『ラプソディ・イン・オレンジ』を聴きたい。


 もう一回くらい録音してもそんなに負担にはならないだろうし……。


 思い切って、元のキーでレコーディングさせてくれないか、と提案してみるか。


「あのさ――」


「すごくいいよね、歌いやすかったし! 舞坂くんてやっぱり天才!」


 勇の言葉は、タブレットからの嬉しそうな声に遮られてしまった。

 そこまで褒めてもらえれば嬉しいものの、そういえばAIボイスが歌いやすいって何なんだろうか、と関係ないことが頭に浮かんだりもする。


「あのね、この曲、MyriTubeミリチューブに上げていい?」


「え?」


 矢継ぎ早に進んでいく話題に、勇は自らの提案を引っ込めつつ反射的に首を傾げた。


 MyriTubeといえば、世界一の動画投稿サイトだ。そこに上げれば全世界の人が見る可能性があることになる。


 世界中の人がこのオレンジの曲を聴くというのか。黄色にされた、この曲を……。


 困惑する勇の横で、穗多香もまた困惑していた。


 彼女は眉根に皺を寄せながら、ローテーブルからタブレットを手に取って操作する。


 やがて、穗多香のチョーカー型スピーカーからAIボイスが鳴った。


「面白い話だとは思うけど、父に確認をとってみないと分からない。これは研究の一環だから。それに舞坂くんの意志も大事」


「そうだなぁ。俺は、伊勢のお父さん次第ってことで」


 勇は顎を触りながら答えた。


「許可が出たんならいいし、許可が出ないんなら投稿しない、でいいよ」


 判断を他人に任せることになるが、千帆の責任者がOKを出したのなら、それはもう勇の関知するところではないような気もする。


「舞坂くんは、自分のオリジナル曲や自分の演奏が、世界中の人に聴かれるのは怖くないの?」


「別に変な曲は作ってないからな。演奏だって録り直し込みで完璧にしたし」


 勇はこれでも小さな頃から発表会で100人以上の人の前で演奏するという場数を踏んできている。中学の頃からクラスの合唱の伴奏も任されていたので、全校生徒の前で弾くことも多々あった。

 そのため、自分の演奏を見ず知らずの大人数に聴かれるというのは慣れている。

 というか、ミスタッチを完璧に隠した編集をされているのだから、誰に聞かせたって構わないと思う。


 ただそれが、黄色の曲というのが引っかかるだけで……。


 だがそれも考えすぎな気もするのだ。


「どのみち俺たちみたいな素人が投稿したところでどうせ誰も見ないだろうしさ」


 そういうことだ。

 MyriTubeはそんな簡単にバズるような世界ではないだろうし、何より自分の才能が大したことがないなんてのは勇自身が一番よく分かっていたから。


「任せて! ちゃんとバズらせるから!」


 タブレットから明るく頼もしげな声が上がった。


「ちゃんとMVも作る。曲のリミックスももっと豪華にする! せっかく舞坂くんが作ってくれた歌なんだし、世界中の人たちに聴いてもらうんだー! えいえいおー!」


 元気な声に、勇はつい苦笑してしまった。

 画面は見えないが、月桂樹の冠を被った銀髪のSDキャラが腕を振り上げているところが容易に想像できた。


「ああ、頑張ってくれ、千帆」


「うん!」


 タブレットの画面の中では、千帆が嬉しそうに頷いていた。




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