第14話 遠征 (2)
ガチャン、と金属音が鳴った。
足に巻き付いた鎖が解けると同時に、紫音の前の紅獣が跳ねるように飛び出した。
二足歩行の恐竜型。かぎ爪のついた前肢が短く、喉元に赤く脈打つ器官が見える。
(あれ……このタイプ)
見覚えがある。前に紅獣と戦ったとき、あの鳥型が放ってきた火球。
一拍置かず、紅獣が喉を膨らませた。
「来るか……!」
紫音は横に飛び、紅刃を展開するより先に地を蹴った。
――ゴウッ!
火炎弾が地面にぶつかり、土煙と熱風が舞い上がる。
髪の先がわずかに焦げた。
「やっぱり、火、吐くタイプか……!」
紫音は小さく悪態をつき、紅刃を指先に集中させる。
切れ味よりも取り回し優先の最小構成。
火球を避けつつ、踏み込んで距離を詰める。
紅獣は紫音の動きを追い、咆哮を上げながら鋭い爪で薙いできた。
「っとと、勢いだけは一丁前かよ!」
回避。滑るように潜り込んで、脇腹に蹴りを入れる。
が、効いた様子はない。足を振り払われる形で距離が開いた。
(硬い。火だけじゃなくて装甲も強化型か)
一呼吸で読み切る。前脚の動きに癖がある。踏み込みの瞬間、右足が微妙に外に流れる――。
紫音は重心を落とし、次の火球を待った。
案の定、喉が赤く光り、紅獣が構えを取った瞬間――。
「そこだッ!」
火球が放たれるのと同時に左へ跳ぶ。火線をギリギリで避け、そのまま一直線に踏み込んだ。
紅刃が、狙い通りに脇腹の関節の隙間に刺さる。
「よし、刺さった……!」
確かな手応え。肉と骨を裂いた感触とともに、紅刃の奥に紅い血が走った。
が、次の瞬間。
――ギャアアアア!
紅獣が咆哮を上げて暴れ出した。
「……っ!」
刃を引き抜きながら飛び退く。地面を転がって体勢を立て直すと、紅獣の体はまだ元気な様子でそこにいた。
脇腹から血は流れている。だが、致命傷には程遠い。
「チッ……倒せてねぇのかよ」
紅刃に着いた血液から、能力値を測定する。
《種族コード:RD-009》
幼成体 鳥竜種 準量産型
再生力 100
エネルギー量 60
紅刃硬度 120
体表硬度 70
筋量 90
紅刃量 90
【総合脅威値:530】
リストバンドに表示された数値を一瞬チラッと見て、すぐに敵に視線を戻した。
そのとき、紫音は気づいた。
紅獣の喉が赤く光る気配はない。火を吐く気配は消えている。
――爪だ。
目にも止まらぬ速さで、紅獣の前肢が紫音を狙って振り下ろされた。
「っのやろっ!」
間一髪で回避。
その一撃は地面を裂き、土砂を跳ね上げた。地面に三本の溝が刻まれる。
(なるほどな。火は目くらまし、あれが本命ってわけか……!)
紫音は歯を食いしばる。あの爪、モロに喰らえばいくら変体中でも紫音の体では致命傷になる。
紅獣がさらに踏み込んでくる。突き刺すような爪の連撃。
紫音は身をひねり、滑り込みながら側面に回る。
「こいつ……本気で殺しに来てるな!」
だが、紫音の動きも一段階上がっていた。
肉体の奥から何かが湧き出すような感覚。筋肉が強く締まり、呼吸が静かに深くなる。
一瞬の隙を突いて、紫音は今度は斜め上から紅獣の背中に向かって跳びかかった。
右手の紅刃を瞬間的に引っ込め、敵に近い左手に出し、肩甲骨の間に向かって突き立てる。
「喰らえっ……!」
ガギンッ。
今度は硬質な感触。刃が肉を突き破り骨に当たった。手ごたえは鈍くない。深く刺さった。
紅獣が身をのけぞらせて暴れた。
だが、その動きは先ほどより鈍い。
(さっきの一撃で、多少なりともダメージは通ってる)
紫音はすかさず紅刃を引き抜き、続けざまに足払いを仕掛ける。
紅獣の片足がぐらつく。
そこに――
「もう一発!」
カウンターで紅刃を振り下ろした。
狙いは先ほどと同じ関節の隙間。
その瞬間、紅獣の動きが止まった。数秒ののち、ガクンと膝から崩れ落ちる。
紫音はゆっくりと息を吐いた。
「また……これか」
紅刃から血液が体を伝う感覚と共に、リストバンドがピッと反応し、数値の急上昇を示すログを記録していた。
《戦闘能力値更新。総合値389→468.5に上昇》
「へえ、やるじゃないか」
息を整えた紫音に向けて、荒巻が腕を組んだまま言った。
「正直ね、あんただけは能力値が低すぎて、ちょうどいいのがいなかったのよ。だから格上をぶつけたの。途中で止めるつもりだったけど……ま、最後までいけちゃったわね」
紫音は紅刃の名残を指先で振り払った。
「それで納得?」
荒巻が意地悪そうに笑った。
「しょうがないからさ、他にも何体か捕まえてきてやるわよ。満足するまで相手させたげる」
紫音は眉をひそめて、半歩前に出る。
「いや頼んでねーよ!」
「ふーん、やらないの?」
荒巻が肩をすくめる。
「やる気ないなら帰ってな。ぬるい訓練メニューに戻って、数字の伸びないシート眺めてなさい」
「……なんてババアだ……」
紫音は小さく呟いて、噛み締めた奥歯の力を緩めた。
(今ので体バキバキなのに……)
一瞬でも断りかけた心を飲み込む。まだ足は震えてる。背中にも汗が流れてる。でも――
「やるよ。やらないなんて一言も言ってねぇ」
ニッと笑って、紅刃をもう一度手のひらに展開した。
荒巻の目がわずかに細くなる。
「いい返事ね。じゃあ、追加いくわよ」
そう言って、ものすごい速度でいなくなると、ものの数分で紅獣を両肩に担いで戻ってきた。
先ほどと同じく二足歩行の恐竜型。動きこそ封じられているが、どちらもなお全身に殺気を帯びている。
「……いや、素手で二体捕まえてくるってバケモンかよ」
荒巻は無言のまま一体を肩からひょいと持ち上げ、紫音のすぐ前に投げ落とした。
ドスッと音を立てて、紅獣が地に着地する。衝撃で地面が小さく揺れる。
紫音は溜息をひとつついたあと、もう一度紅刃を構える。
「……いくか、こっちも」
火球を吐いてきた先ほどの個体と同じ種。今度は初手から真正面の突撃。紫音はぎりぎりでかわし、横腹に一撃を食らわせた。
だが、一体目との戦闘の疲労が明らかに残っている。
攻撃をしのぎながらも、息が次第に荒くなっていく。
一閃、跳びかかってきた紅獣の肩に紅刃を突き立て、なんとか倒すと、紫音は膝に手をついて呼吸を整えた。
「はーっ……、しんど……」
立ち上がったその瞬間、またしても影が飛んできた。
「次ッ!」
荒巻が残っていた紅獣を、軽々と放り投げた。
紫音のすぐ前に着地するやいなや、紅獣はすぐ戦闘態勢に入る。
「死ぬわクソババア……!」
思わず悪態をつくと、荒巻は楽しそうに笑った。
「はっは、そう来なくっちゃ。あたしはね、根性ないやつが一番嫌いなんだよ。さっさとやりな!」
紫音は奥歯をかみしめながら、再び紅刃を構える。
(やれってんなら、やってやるよ……!)
歯を食いしばったまま、再び地を蹴った。
_________________________
《浅野 紫音》
再生力 69→99
エネルギー量 70→88
紅刃硬度 68→104
体表硬度 68→89
筋量 87→114
紅刃量 27→54
総合値 389→548 (103位/103人)
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