第七章 死と光

01 捜査

【side:事象庁】


 魔法使いを統括、管理する日本国内閣府事象庁じしょうちょう。中でもルフィアが局長を務める異説局いせつきょくは勇者の到来に備え、魔法使いの育成と訓練に重きを置いている。霞が関のビル群の中に堂々と建つ、総ガラス張りの四十七階建ビル。住所で言えばそこは、古めかしい合同庁舎が建っているはずの場所。だが、東京に張り巡らされた地下鉄網を特定の順路で乗り換え、歩くことによって、姿をあらわす。まさしく、東京の「裏」に存在する超常のビルだ。


 だが、通常の人間では存在さえ感じられない超常のビルの、地下。その超常の中に八百人を超える職員が働いているという事実よりもさらに、奇妙な光景が広がっていた。


 元は倉庫だったのだろうか、薄暗い、しかし広大な一室は今、ストレッチャーの群に占領されていた。さながら野戦病院のような光景だったが、病院ではないのもたしかだった。


 すべて、死体だ。


 皆一様に年老いて、皆一様に胸と頭を切り開かれていて、皆一様に、空洞。


 頭と胸が空っぽの、五十を超える老人の死体。それが今、事象庁の地下に並べられていた。


「で? わかったのは?」


 壁際で苦い顔をしていた、年嵩の刑事が言う。脇でスマートフォン――GlyPhoneを見ながら、若い男が答える。


「被害者は全員、三剣界隈の有名人です」

「おい、そういう用語はわからんって言ったろ……」

「覚えてくださいよ、TrySword、全世界で二億部売り上げてた、大人気少年漫画トラソ、三剣、その二次創作界隈にいた人たちです」

「たしかなんだな?」

「死体の歯型鑑定、持ち物、確認できたケースについてはDNA鑑定も。四件ほど確証は得られませんでしたが残りはすべて、失踪していた同人作家と同一人物です」

「……やれやれ、ここまで同じ趣味のやつが消えてて、なんで気づかなかったかね」

「それは……」


 刑事たちはさらに渋い顔になり、並んだ死体の顔を眺める。


 魔法で腐敗を止められている生気のない体は、ドライフルーツのようにしわくちゃで……ありていに言えば、年老いている。


 どの遺体も、七十歳以下ではないだろう。

 どの遺体も先月、十代、二十代で失踪しているのだが。


「そういう魔法だよ、ガイダンスで教わったろ。老化魔法だ」


 入り口付近にいたヒップホップファッションの男がつまらなさそうに言った。


「失踪したところで家出と思われて大して捜査されない若い連中を集めて、老化魔法でズドン、しかるのち脳味噌と心臓をいただく……なんらかの儀式魔法に使うんでしょうか? それとも、この殺人方法自体がなんらかの儀式……?」


 隣の女が重々しい口調で言った。口調にも部屋の中にも、まるで似合わない、ピンクと黒をベースにした、いわゆる地雷系の服装だった。


「十中八九前者だな」


 一つ一つ……いや一人一人の遺体に手をかけ、祈りの言葉をつぶやいていたルフィアが答えた。


「切断面の魔力痕から、医療系魔法の痕跡が見える。かなりの……最上位の術者だ。技術は私の上だろう。おそらくは……異説屋と魔心室を、収穫、している」


 ルフィアの言葉に、その場の生者が色めき立つ。


「しかし局長、こんな……熱心な創作者といえど、自然に魔力器官が発生するのはあり得ないんじゃ……? 外部からなんらかの、目覚めとなる魔力刺激が必要になるはずです」


 地雷系の女が、ハーフアップのツインテールを揺らしながら言う。


「……移植、だな。わずかだが……失敬します……」


 一人の胸の中に指を差し入れ、何かを呟く。すると、晒されていた胸の中でわずか、何かが一筋の光を放った。飴細工のような光はすぐに消えたが、ルフィアは頷き、確信を深める。


「…………異世界で、勇者の側に、忌み子がいてな。ラプラシアと名乗っていたか……そいつが、こういう魔力で編んだ糸を使っていた」


「でも移植って……なにをです? 一応、検死的には、年老いてること以外、変わりはなかったはずなんですが」


 若い刑事が首をひねるが、ルフィアは薄く笑った。


「こういうことさ。犯人は、ラプラシアは、地球人の異説野と魔心室を収集するのが目的だ。だが、自然発生は待っていられない……というかおそらく、その技術はないだろう。半ば強制的に両器官を目覚めさせるのはこちらに来てから私が開発した技術だからな。だが……そもそもあちらから、持ってきていたなら、話は別だ」


「持ってきた、って……?」


 若い刑事が無遠慮に尋ねる。年嵩の方もどこか不満げな顔。彼らは警視庁から丁重にスカウトされて自称庁で働くことになった二人で、まだ魔法には不慣れで、どこか不機嫌に見える。もっともそれは、上位権限をふりかざして所轄の警察からこの遺体を集めさせられていたから、かもしれないが。


「異説野と、魔心室。異世界人のそれといえど、地球人の中に入れて馴染めば、地球人の異説野と魔心室となる。老化魔法はそのためだ。体の内部で時を進めさせた、というわけだろう。地球人の異説野と魔心室を集めて何をするかについては……」


 そう言うとルフィアは姿勢を直し、改めて遺体に一礼。数十秒その体勢を保っている間、誰も何も言えなかった。


 やがて顔を上げ、刑事二人に言う。


「それで、罠に掛ける準備はできてるんだろう?」


 刑事たちは顔を見合わせ、少し頷きあい、若いほうが口を開く。


「……オフ会の誘いが来てます。調べてみたところ、あそこの」


 ストレッチャーの上の、一人の遺体を指さす。


「失踪して死んでるはずの、山本アキくんのアカウントからでした。アキくんは失踪届自体出されてなくて、遺体も所轄には発見されてませんでしたから……これ自体が何らかの罠という可能性もありますが……単純なうっかりミスって可能性の方も、ありますね。どっちに賭けます?」

「……まったく、本当に優秀だな……あなたたちをスカウトできて良かったよ。そして、どちらにも、だ」


 そう言うと、地雷系の女とヒップホップファッションの男が息を呑んだ。


Opusオーパス全員招集。実戦だ」






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