06 キンキンカンカンドカーン

【side:吉田一郎】


 ………………


 キンキンキンキン!

 カンカンカンカン!

 ドカーーーン!


 ………………


 オレは一人、玉座であの時を思い出す。ラプラシアが地球に旅立ったあとの王城は、ただただ、ヒマで、ヒマで、どうしようもなかった。


 ………………


 キンキンキンキン!

 カンカンカンカン!

 ドカーーーン!


 ………………


 オレと、ラプラシアが、初めて出会ったときのこと。まだ冒険者で、ハーレムに飽き始めてて、人攫いが出るから捕まえてくれ、という依頼。そしてラプラシアがあらわれた……あのキンキンカンカンの中を。オレが生まれて初めて、誰かと本当に、話し合ったことを。





――――――――――――――――――――――――


 オレたちの戦いは、十数時間に及んだ。戦ってる最中、なるほど、キンキンカンカンの描写が許せない、なんてなる人たちの感想も、一理あるのかもな、なんて思ってしまったぐらい。


 二億度の火球で焼き尽くされ溶岩原と化した大地の上空、致死濃度魔力を身に帯び時速七百キロで飛ぶオレの右足を、あいつはいとも容易く切断呪文で切り飛ばす。生成魔法によりコンマ二秒で再生するが、その隙を狙い転移魔法と結界魔法の複合発動でオレの周囲の大気を消失させ真空状態に。オレは並列処理で生成魔法の裏側に転移を仕込みアイツの背後に瞬間移動、焼尽魔法を脊髄に叩き込む。だが、背中に触れた瞬間かき消え、それは幻影による囮だったと知り、オレの背筋を死の予感が貫く。三重詠唱。アイツは神様か何かか? 途端、爆裂。至近距離で炸裂した業炎球がさながらクラスター爆弾じみてオレの体のあちこちを裂き、砕き、焼き、地面に叩きつけられる頃には焼きすぎたベーコンみたいになってる。あいつの追い打ちと、オレが再生して態勢を立て直すのとどっちが早いかは、微妙なところだ。これのどこにキンキンカンカンがあるんだよって話だが、まあオタクが言う五億回見た、は精々四回程度、みたいな話だ。


 魔力量と直接戦闘能力じゃオレの圧勝だったが、あいつには技術があった。オレの数十倍、いや、その場その場で編み出してんじゃないかと思うほど、バリエーション豊かな呪文の数々。オレは手玉に取られては魔力か筋力の強引な力技でそれを押し破り……また、手玉に取られる。その繰り返しで徐々に徐々に、消耗させられてった。


 あいつが、恐ろしかった。


 明らかに、誰かに目的を持って傷つけられた顔。殺そう、ではなく、苦しませよう、そんな傷。そんな傷を抱えながらも、目の中には、どんな感情も見えない。表情さえほとんど動かない。それなのに、的確に、恐ろしいほど冷酷に、オレの命を狙ってくる。きっとコイツは虫を殺すときも人を殺すときも、同じ顔をしてるだろう、と思った。そしてもっと恐ろしいのは、メシを食うときも同じ顔をしてるだろう、ってこと。戦いの中では、言葉をかわすより色々なことがわかる。わかってしまう。


 あの当時もう、オレは人を殺したことがあった。百人斬りなんてあだ名がつくぐらい。ナーロッパってのはそういうところだ。人の命なんて、靴下ぐらいの価値しかない。けれどそれはあくまで、悪人だけだった。


 オレは、焦ってた。


 異世界に来てから初めて、敗北する。してしまう、そういう予感があった。ただそれでも、そんなストレス展開をたやすく許してなるものか、と怒りをかきたてアイツに向かってった。


 だが、終わりは近かった。


 オレの奥の手、剣を捨てた魔法格闘術さえ軽くあしらわれた。魔力残量はゼロに近い。死も、近い。


 負けたくない。負けたくない。負けたくない。


 死にたくない。


 そんな思いだけに突き動かされ、オレは剣を拾い上げ、最後の魔力を込め、構える。この一撃で、オレは死ぬだろう、そういう予感がある。


 対するアイツはため息をつき、そして――




 杖を引き、言った。




「やめよう」




 傷顔にはやはり、表情はなかった。




「……あ? っ……どういう……こった、よ……こっちは、まだまだ、やれるぜ……」

「お前は、近隣の街の人間から依頼を受けた、そうだな?」

「だから……なんだっ、てんだよ……オレ様の強さに……命乞いでも、したくなったかあ……?」

「いや……間違っていたら言ってくれ。お前は近隣の街の人間はどうでもいい、違うか?」


 言われて、ドキリとした。だってそれは、本当のことだったから。街の人なんて、オレみたいな転生者にとってみればただのNPC。死んでたらアイテムボックス。だがそれを、表に出さないぐらいの常識はオレにだって……。


「……っ……は……はぁ……? お、俺は、冒険者、だぞ、人さらいの悪党、は……」

「言い方を間違えたな。すまん。つまり、お前は自分に関係ない人間がいくら死のうが、どうでもいい。この依頼も、受ければ金になるからやっているだけだ。違うか?」

「そっ……それの何が、悪い、ってんだ、よ……冒険者ってのは、そういう、もんだぜ……」

「それならば……私が依頼の金の倍だそう。こちらから依頼を出すから、街の依頼はキャンセルしてくれ。金が理由なら、それでいいだろう」


 正直、笑いそうになった。


「……っはっ……金ならいくらでも出す、ってか……ほんとにやるヤツが、いるとはな……」

「論理的に考えて、このまま闘いを続ければ死ぬのはオマエの方だ。それがわからないオマエではないだろう。それに金は、命乞いのために渡すわけではない。オマエに依頼をしたいんだ」


 コイツが何をしたいのか、さっぱりわからなかった。あれだけの、オレを凌ぐ魔法の技術があって、この上なにをしようってんだ?


「…………クソがっ……なんだってんだよ……」

「オマエについて行かせろ」


 たっぷり数十秒沈黙してから、それでも間抜けな声が漏れた。


「は?」

「オマエの魔力……そして体……わずかではあるが、この世界以外のものが混じっている……転生者だな? 私は魔力、そして魔法の深奥を探るために人生を捧げている。オマエを研究すればそれにたどり近づけそうだ」


 見抜かれたのは初めてだった。この異世界は、転生者が公になっているシステムじゃなかったはずだが……こいつは独力の魔法研究で、その事実に気付いたっていうのか?


「…………くそがっ、オレに、研究材料になれってか……?」

「いいや、オマエが踏みつぶしていく予定の人や魔族を、研究材料として私に使わせてくれ、と言っている。ゆくゆくは、オマエの世界の人間も。私はどうも、そういう大きな話は苦手でな」


 また、心臓がはねた。


「……オレ、は、悪役、転生、は、嫌い、なんだよ、くそがっ、いい人やって、あっちこっちから褒めそやされて、すげーすげーつえーつえーって、言われてーから、だから……だから……」


 そこでアイツは、不思議そうな顔をした。傷があっても、はっきりと分かるぐらい。


「……オマエ自身が一番気付いているはずだと思うんだが……それはオマエには、本当は、どうでもいいはずだ」

「……くそがっ、てめーに、おれの、何が、わかるって……」

「…………わかるんだ。おそらく……オマエと、私は、同じだから」

「……はっ…………て、転生者、なのか……?」

「残念ながら、違う……だが…………誰にも望まれず生まれ、誰にも望まれず生き、誰にも望めないほどの夢を抱いてしまった。オマエは……そういう目をしている」

「……………………オマエ…………名前、は……」

「ない。そういう生まれだ」


 そうしてオレは、アイツの生い立ちを聞いた。




 ダークエルフの忌み子として生まれた彼女は、傷だけをつけられ、森へ捨てられた。忌み子の証である真っ赤な目は、この世界のバグとさえ呼べるような、けた外れの魔力をもつ証。だがそれは一切の感情や共感能力と引き換えの才能。数千年前の忌み子は、大陸の全生命を半分にしたという。


 だがその時の忌み子が捨てられた森には、一人の魔法使いが隠れ住んでた。魔法使いは気まぐれを起こし、将来的には鍋で煮て実験しよう、と思い、彼女を拾い、育てた。


 忌み子は血液の代わりに魔力が流れてるような、常識外れの存在。魔法に習熟しなければ生存さえ危うい。だが魔法使いが彼女に魔法の手ほどきをすると、忌み子が四歳を迎える頃には、齢三百を超える魔法使いをはるかに凌ぐ存在となってた。魔法使いは忌み子を恐れ彼女を殺そうとしたが、逆に殺された。それ以来、忌み子はこの森の中で魔法の研究を続けてる。




「私にとって、世界も人も、存在しないんだ」


 アイツは言った。


「すべてが物語と、その登場人物なんだ」




 おそらく、ではあるが。


 オレが考えるに忌み子とは、異常に発達した異説野と魔心室をもつ、突然変異体。本来なら「裏」にあって現実の脳には影響を及ぼさないはずの異説野が「表」にまではみ出し、脳の他の部分を損ない、感情や、その他の機能が生まれつき、欠損しているんだろう。


 オレは、思った。


 ああ、たしかに、オレとこいつは、似てるのかもしれない。


 いや、似てる。


 まるで、まるで、鏡を見てるかのように、それで自己嫌悪するかのように、同時に自己憐憫するかのように、どうしようもなく、似てる。




 オレにとって、世界も人も、すべて同じだ。


 オレ以外の、なにか。オレ以外の、だれか。




「私の夢は……魔法のすべてを、この手の中に掴むことだ。この世界は、すべてが魔法で動いている。ならば魔法のすべてを掴めば、すべてがわかるはずだ。あの木の葉がいつ、どこへ落ちるか。あの空が、いつ、どうやって果てるのか……私がどうして、こんな形で生まれたのか……」


 オレが自分に回復魔法をかけ終えても、そんな話をしてても、アイツの声は冷静そのものだった。


「はっ、ラプラスの悪魔になりてえってか」

「なんだそれは? オマエの世界の宗教か?」

「ま、そんなもんだ……じゃあ…………ラプラシアってどうだ」

「何がだ?」

「オマエの名前だよ」

「それは………………」


 ラプラシアはそこで、笑った。


 後にも先にも、アイツが笑ったのを見たのは、それが最初で最後だった。


「悪く、ないな」

「ふんっ……にしても、オレについてくるってったって、オマエ、オレは……ハーレムの面々とパーティ組んでるんだぞ……」

「性行か? したことはないが……顔を隠してするか?」

「なっ、ばっ! アホかてめー! だれが、だれがテメーみたいなゴリラ女をハーレムに入れるかよ、ったく……」

「そういうものか」

「……要するに、オマエ、オレの力を使って好きに研究したいってことだろ、なら、勝手についてこいよ」

「ああ、わかった。ところで……」

「なんだよ」

「私は魔法のすべてを求めている。オマエは何を求めているんだ?」

「そりゃあ……」


 オレには、わからなかった。


「……これから先、探すさ」

「何を求めているのかを、探すのか? それはまた、ずいぶん、気の長いことだな」

「はん、そういうのは、慣れてるさ。ところでオマエ……ついてくるにあたって……言っておきたいんだが……」

「やっぱり人殺しはダメか? 直接脳と心臓を出して、研究するのが一番効率がいいんだがな。それにオマエは知らないだろうが、あらゆる魔法は生け贄で数倍、その威力が跳ね上がる。オマエがハーレムメンバーの一人でも生け贄に捧げれば、私を倒せていたはずだぞ」

「は?」

「言ったろう。私はオマエと同じなんだ。自分の望むもの以外は、どうでもいい。人の生死なんてどうでもいいことよりも、自分の望むものが大切なんだ。そのためなら死んでも構わないし、誰を殺してもいい。人が生きるというのはそういうことなんだろう?」


 オレはその時、初めて、心の底から笑った気がする。


「………………ハッ、ハハッ……ハハハハハハハハッ!!! すげーなオマエ!! いいじゃねえか、ここら辺でお人好し転生はおしまいだっ! くくっ、かかかかっ、感想ですげー叩かれんだろーなー!!!」


――――――――――――――――――――――――




 なあ、ラプラシア。

 オレは、オマエは、オレたちは、本当に自分が欲しいものを、わかってたのか?






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