第3話 女の友情に潜むもの

 宇都宮駅で、SNSを通じて連絡をくれたRさんという男性と会い、話を聞かせてもらうことができました。

 Rさんは20代後半の男性で今どきの若者という出で立ちでしたが、やけに神妙な顔つきでした。

「女って、さっきまで談笑してた相手がいなくなった瞬間に悪口を言い出す、っていうじゃないですか」

 そう切り出したRさんに、わたしは苦笑しました。

「確かに、よく聞く話だね。実際にそういう女性もいるしなぁ」

 しかしRさんはいたって真顔でこう告げたのです。

「俺、思うんです。あれ、別に俺たち男が思うほど、本人は悪気があってやってるわけじゃないんじゃないかって」

 そしてRさんが教えてくれたのは、こんな話でした。


 Rさんは先日、大学のサークルが一緒だったCさんという女性と、久しぶりに2人で飲みに行ったそうです。

 Cさんはサバサバした気持ちの良い性格の女性で、外見も凛としており、Rさんは密かに恋心を寄せていたといいます。

 そんなCさんには、同じサークル仲間でRさんと共通の知り合いでもある、Eさんという女友達がいました。

 彼女たちは周囲から見ても大親友といえるほど仲良しで、大学時代はもちろん、卒業後も頻繁に連絡をとっては、会っていたようでした。

 2年ほど前にEさんが、これまたサークル仲間の男性との結婚式を挙げ、RさんとCさんも招待されたのですが、Cさんは花嫁衣装のEさんを見て、我が事のように喜び、号泣していたほどです。

 その姿を見て、Rさんもまた、友達想いのいいやつだな、と感動していたのですが…。


 思い出話や仕事の愚痴でひとしきり盛り上がった後、お酒の回ってきたCさんが赤い顔でこう持ちかけてきたそうです。

「Eね、今、離婚調停中だって知ってる?」

 Rさんは初耳でした。Eさん夫婦は学生時代から付き合っており、誰もが認めるおしどり夫婦だったからです。

 しかし驚くのはまだ早かったのでした。

「あれ、実は私が1枚噛んでるんだよね」

 Cさんが楽しそうに笑いながら話したのは、次のような内容でした。


 卒業後も頻繁に連絡を取りあっていたCさんとEさんでしたが、ある日Eさんが、最近夫の帰りが遅くて浮気が心配だ、というちょっとした愚痴をこぼしたそうです。

 Cさんはそれを聞いて、絶好のチャンスだと思いました。

 そこで、慰めるフリをしながら、わざとEさんの不安を煽るようなことを色々と言いました。

「まぁ男ってそういう生き物じゃん?別にEが悪いわけじゃなくてさ、本能っていうか、仕方ないよ」

「結婚したからってそういう欲望は抑えられるものじゃないからねぇ」

 それを聞いてEさんは、夫が浮気していると思い込み、泣き出してしまいました。

 そんな彼女にCさんが勧めたのが、巷で人気のマッチングアプリでした。

「相手が浮気してるんなら、別にEだって我慢することないよ。優しいイケメンに癒されて、ストレス解消してきたら?」

 EさんはCさんに促されるまま、その場でマッチングアプリにユーザー登録してしまいました。


「ここからがすごいんだよ!」

 Cさんは、興奮気味にRさんに言いました。

 なんとCさんはその帰り道に、知り合いのかっこいい男性のSNS写真を使ってマッチングアプリに架空の男性アカウントを作り、Eさんにメッセージを送ったのです。

 最初の何通かのメッセージは無視されましたが、そこはEさんと大親友のCさん。彼女の好きなものは知り尽くしています。

 Eさんがハマっているドラマの話題を振ったり、趣味であるハンドクラフトに興味があるような素振りを見せて、Eさんの関心を引くことに成功しました。

 やり取りが始まってしまえばこちらのもの、とばかりに、CさんはEさんの理想の男性を演じました。

 そしてとうとう、Eさんとデートの約束を取りつけました。

 Cさんは準備万端で、写真を拝借したイケメン男性に事情を話して、謝礼を渡すからデート当日はマッチングアプリの男性のフリをして、Eさんと一夜を共にして欲しい、と依頼してありました。

 イケメン男性もなかなかプレイボーイな性格だったので、お金をもらって若い人妻とやれるなら、とノリノリで協力してくれたそうです。

 結論から言うと大成功。イケメン男性は見事にEさんを落として、不倫の証拠写真までしっかり撮影してきました。


「写真って、もしかしてC、お前…」

 Cさんの話を聞いていて、Rさんはどんどん酔いが覚めていました。

「もちろん、匿名で旦那のDMに送っておいたよ!それがきっかけで、あの2人は離婚調停中ってわけ」

 Cさんは嬉しくて仕方ない、といった様子でした。

 Rさんは内心ではドン引きしつつ、作り笑顔でCさんの話を聞いていたそうです。



「もしかしてCさんは、Eさんの旦那さんが好きで、嫉妬していたの?Eさんに彼を奪われた、って思っていたとか」

 わたしが問いかけると、Rさんは首を振りました。

「それならまだ分かるんですよ。でもそんなことはありませんでした」


 すっかりシラフに戻ったRさんは、帰り道、おそるおそるCさんに聞きました。

「おまえ、そんなにEのこと憎かったの?」

 するとCさんはキョトンとした顔で答えたそうです。

「そんなわけないじゃん。なんかちょっとムカついただけだよ」

 その時、彼女のスマホの通知音が鳴りました。

「噂をすれば、EからのLINEだ!」

 スマホの画面を見て、Cさんは悪びれる様子もなく、声を上げました。

「通話で愚痴聞いて慰めてあげなきゃだから、今日はこの辺で!またね」

 そして軽やかな足取りで去っていったのでした。


「Cさん、怖すぎるね。憎んでもない相手に、いっときの感情でそこまでしたってこと?」

 わたしが言うと、Rさんは眉を顰めました。

「そうなんですよ、しかもそれからも特に変わらず仲良くしてるっぽくて」

「じゃあ、Eさんは自分の家庭を壊した本人がCさんだって知らないんだね」

「もちろん。それに、Cのやつ、俺にあれだけ嬉しそうに話しておいて、一切口止めしなかったんです」

 確かに、妙な話だ。Cさんは、Rさん経由でEさんに真実がバレたとしてと、気にしないということなのだろうか。あるいはそれを望んでいるのか…?

「もうなんか、Cのこと全然分からなくなっちゃいました。めちゃくちゃ怖いです」

 Rさんは苦悶の表情で頭を抱え、わたしに問いかけました。

「あの、女の友情って、一体何なんですかね…?」

 その問いに、わたしは答えることができませんでした。

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