第26話 君との追憶

(士郎君。何で泣いているの?)


(……凪にどうしても追いつけないんだ。何をやっても勝てないんだ。僕には、凪みたい凄いものがないんだよ)


(そうなんだ。じゃあ、いっぱい頑張らないとね)


(いっぱい頑張る?)


(凪ちゃんに置いて行かれないよう。追い越せる様に。いっぱい、いっぱい努力しようボクも一緒に隣で励ましてあげるからさ)



 小さい時の記憶だった。小さい。本当に小さい4才か5才位の記憶。忘れていた……何故か忘れようとしていた記憶。


 チャポンっと風呂にまれたお湯に浸かる。


「俺は幼少の時、西蓮寺萌ちゃんと会っていた。いや、一緒にずっと過ごしていた時期・・があったのか………何で忘れていたんだろうな」


 現在、萌萌の家にお邪魔している。何故、風呂に入って入るかというと、俺にも良く分からない。西蓮寺家に着いた途端に────


「少しリビングで待っててね。お風呂の準備してくるからさ」

「お、お風呂? まだ夕方位だろう? 早くないか?」

「練習試合で汗かいているんだよ。先に済ましておきたいんだ……のぞいちゃ駄目だからね。士郎君」

「風呂の準備している時にのぞくやつはいないだろう」

「そう? 柊なんて家に泊まりに来る時や、部活帰りで遊びに来ている時は、いつも。ボクのお風呂の準備をしていると、後ろから襲いかかって来て。そのまま一緒に入るんだけどね」

 

 …………なんだ? 今、柊のあれ方面の話を聞かされた気がしたぞ。


「あの天使がそんな変態な事するかよ。冗談は凪だけお腹いっぱいなんだ」

「いやいや。事実なんだけど。あの娘、かなりの変……」


 ピッピッピッ!!!


 萌萌が柊について何か言おうとした瞬間。萌萌のスマホから大音量で着信が流れた。


「この着信は……柊? 何でこのタイミングで?」

「………俺達。どっちかの荷物に盗聴機とGPSでも付けられてたりしてな。夏、辺りがこっそりと付けてて。まぁ、そんな事あるわけ……」


バキッ! ボキッ!


「うん。士郎君のポケットと、ボクの鞄の中に仕込まれてたね。盗聴機の方は公園で勢い良く走ったせいかな? 壊れてるね。」

「マジかよ……」


 萌萌は俺のYシャツのポケットと自分の鞄から小型の機械を取り出し、両手で握り粉砕した。

 ……萌萌の握力は凪並みに強いみたいだ。絶対に逆らわない様にしよう。


「まぁ、居場所がバレても。このマンションには絶対に入って来れないけどね。それに確かこのマンションには、士郎君の中学同級生の男の子が居るよね?」

「ん? ああ、長岡って言う仲が良い奴がいたな。最近、会って無いけど」

「じゃあ。その長岡君って子の家に泊まったっていえば大丈夫だね。帰る時はマンションの裏口から出れば良いしさ」

「あ、ああ。そうしてくれると助かるよ。ありがとう」


 頭の回転が早い娘だな。盗聴機とGPSで居場所がバレたと慌てた俺と違って。直ぐに打開策を打ち出していく。


 その打開策も、そんな無茶苦茶通じるわけないだろうと思っても。ちゃんと辻褄つじつまが合う様に話の構成を作っているし。


 西蓮寺萌と言う娘は運動だけでなく、知性も凪や柊レベルみたいだな。ちなみに柊は運動は苦手だ。


「解決策も浮かんだし、ボクはお風呂の準備をしてくるね。ああ、そうだ。ボクの部屋には絶対に入っちゃ駄目だよ。見られたくない物とかあるしね」

「あ、ああ。分かったここで大人しくしてるよ。一晩泊めてもらうんだしな」

「うんうん。相変わらず。素直でよろしい。それじゃあ、お風呂の準備が終わったら先に士郎君が入って良いからね。楽しみにしておいて」

「え? 何で俺が先にって行っちまったし。他にもなんかと気になる事を言ってたな相変わらず。素直とか、楽しみにしておいて? 何の事だか。ん? 何だソファーの下に何かあるぞ」


 俺はソファーの下に手を突っ込み。取り出してみる事にした。


「…………何だこれ? 小型のマッサージ機? いや、それにしては変な形だな。さっきちょが丸形で2つ付いてて……何かの動画で見たことある形だ。それに更に置くにも何か……」


 俺はソファーの奥にも手に突っ込んで、その何かを取り出した。


「いかがわし本に柊と萌萌が一緒に何かをやっている写真?……何だこれ。何でこの2人風呂場とベッドで……」


「お待たせー! お風呂の準備出来たから。先に入って良いよー」

「オラアァァ!!」


 俺は手に持っていた。アンタチャブルの数々を自分の鞄の中に咄嗟に入れてしまった。


「ど、どうしたの? 突然、叫びだして? お腹でも痛くなった?」

「い、いや。何でもない。そ、それよりも風呂。先に入って来て、良いんだよな。い、行かせてもらうわ。ありがとう」

「う、うん。ゆっくり入って来なよ」

「ああ、分かった……」


 俺はその場から逃げる様に風呂場へと向かった。あんな代アンタチャブルな物。何で俺は自分の鞄に入れてしまったんだろうか?


「フ、フ、フ……素直にお風呂に行ってくれたね。士郎君。待ってて、直ぐに準備を済まして来るからさ」



「なんて事があって。ボーッとしてたら昔の事を思い出してたんだよな」


 西蓮寺萌。本当の俺の幼馴染みにして、ボーイッシュ少女、頭の回転が速い、カッコ可愛い、凪の親友………そして、柊の真の恋人か。


 萌萌と柊が一緒に写ってる写真、いかがわしそっち方面の本、変な形の道具。


 成る程。我、心理を得たり………柊は俺と付き合っている事を隠れみのにして、本当は萌萌と禁断の関係だったという事か。


 萌萌と柊が。いやわからないけどな。柊は萌萌の家にかなりの頻度ひんどで来てる様な事も行ってたしな。


「俺は多様性を大事にするタイプの男。応援しよう、そうしよう。そして、俺と凪は晴れて付き合え……」


ガラガラ……


 凪ルートの確定の喜びを叫ぼうとした瞬間。お風呂場の扉が突然、開いた。


「お、お待たせ。士郎くん。君の萌ちゃんがお、お背中を流しに来てあげたよ」

「………は?」


 裸の状態でバスタオルを巻き付けた萌萌が、赤面しながら立っていた。


 


 


 



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