第24話 試合中に逃走を考える

「今日は私が勝ちますわ。西蓮寺萌さん」

「させないよ。愛璃、今日はボクが勝たせてもらう。彼も見ているしね」

「彼?……不潔ですよ。西蓮寺萌さん。殿方なんて直ぐに浮気するものです。直ぐお別れなさい」

「いや、まだ付き合ってすらいないだけど……どうしただい? そんなに荒れててさ。何かあったのかい?」

「………有りまくりですわ。あの黒猫さんのせいで」

「黒猫さん?」



 俺は莉桜りお高校のベンチ側から2人の試合をボーッと眺めていた。何か試合前に萌萌と莉桜さんだったか? 2人で何かを話しているな。


 テニスコートは空気が少しピりついている。それもその筈、試合が始まる前は俺をいじって遊んでいた莉桜りお高校の女の子達も、いざ試合が近付くにつれて口数が減り試合に集中し始めたからだ。


「流石、テニスの名門、莉桜高校。練習試合っていっても、本気でやるんだな」

「そんなの当たり前だよ~、何せ、今日の相手はあの九条愛璃あいりさんが率いる月宮高校だもん」


 俺の隣で次の試合の準備をしている。女の子は確か、莉桜高校テニス部部長の早少女さおとめ ゆずりはさんだ。ほがらかで話しやすい為、萌萌が試合に行った後、話し相手になってもらっている。


 さっき女の子達が何故か俺に1人1人丁寧に自分の自己紹介をしていたから覚えている。


「月宮高校ですか。確かお金持ちの学校の」

「そうそう。今日、応援に来ている月宮高校の人達も皆、ザッお金持ちって人達ばっかりでね~、ほら。あそこに集まっているのがそうだよ」


 早少女さおとめさんは月宮高校側のベンチを指差した。それに連れて俺もそちら側に目を向けると。


愛璃あいりちゃ~ん。頑張って~」

「………止めろ。それ以上。愛璃を挑発するな。委員長」


 月宮高校の制服を着たニコニコ笑顔の黒髪の女の子と何かに絶望した茶髪の男の子がベンチに座っていた。


「あ、貴女は泥…黒猫さん! それに総君まで」

「黒猫って……あの綺麗な娘? それに総君って確か愛璃の大切な人とか言ってた人?」

「…………試合を始めましょう。西蓮寺萌さん、今日は私が勝って。総君の権利を取り戻すんですわ」

「権利を取り戻す? ど、どういう事? 愛璃」



「何だあれ? 男女カップルが九条さんの応援に来てるのか?」

「うわぁ~、あのカップルの身体の密着度、凄くない? あれ絶体男女のもつれだって、そうじゃないと九条ちゃんがあんなに殺気だたないもの」

「は、はぁー、まあ、他校の事ですし。俺達には関係ないですからね」

「まあ、そうだね。それとあっちが桐生君の通ってる飛鳥学園のベンチコートだよ。隣だね」


 早少女さんはさっきとは違う方向にあるテニスコートを指差した。確か飛鳥学園のテニス部にはアスナの奴も所属してるから今日の試合に来てる筈だよな。後で挨拶にでも行くかな。


「へー、隣ですか。そういえば俺の友達もテニス部に入ってて…」


「士郎~! 誰なのかなー! その可愛い女の人は」

「士郎くーん! 昨日、私とデートしてたのに何で女の子達に囲まれて嬉しそうにしてるのかな~」


「あー、桐生君。あっちに居たんだ。つうか何で女子高の莉桜高校のベンチにアイツ居るの?」

「……女の子を取っ替え引っ替え。見境ない士郎」

「何で夏がここに居るの?」

「……面白そうだから。じた。記録に残さねば。パシャパシャパシャパシャ」



「……………」

 片方の女の子は俺が昨日の夜、キスをして告白しようとした幼馴染みだった。飛鳥学園の指定ジャージを着ており、手にはテニスラケットを持っていた。どうやら今日の練習試合の助っ人に来たみたいだ。


 そして、もう一人の女の子は可愛らし私服姿の金髪美少女。つまり俺と付き合ってる(仮)。女の子で、満面の笑顔で手にはスタンガンらしき物を持っていた。自己防衛でもするのだろうか?


「うわぁ~、あの娘達。確か飛鳥学園の二大美少女でしょう? 何であんなに起こってんの? ねえ、桐生君。何か知ってる? 士郎って奴、相当なくず男みたいね。あんな可愛い子達を怒らせちゃってさあ」


 いや。その屑男は貴女の目の前に居るんでけどね……そして、早少女さんは何を考えているのか、俺の右肩にしなだれて来た。止めてくれ。


 皆、見てる。見てるから止めてくれ。 飛鳥学園の女の子達は冷気の様な目で俺を見つめ、月宮高校側の女の子達はギラギラした目でこちらを見ている。


「さー? 何ででしょうね」


 冷や汗をたらしながら、俺はそう告げた。いや、しかし流石、飛鳥学園の二大美少女。凪と柊の名前は他校にも知れ渡っているんだな。


「士郎ー! 今日の夜、覚えていなさいよおぉ!」

「……士郎君。今日、私も士郎君のお家に泊まりに行くことになったから。じっくり今後の事を話し合おうね~、なーちゃんと3人で」


「うわー、あれ。マジ切れしてるよ。桐生君。あの2人の話から推測するに、士郎って男。二股してるって事よね?」

「……さぁ、どうなんでしょうね」


 もういっそ殺してくれ~!───い、いや。諦めるな。まだ生き残るルートは幾つもある筈だ。


 取りあえず。この三校合同の練習試合が終わるまでに生き残る方法を考えなくては駄目だ。


 家に急いで帰るか? いや駄目だ。妹の凛の奴が居れば、凪に味方して、俺を拘束してくる。


 なら親友であるまこと快斗かいとの家に今週の土日だけでも泊めてくれる様に連絡を───


〖あっ悪い。涼子ちゃんとデートだから無理だわ。アスナには黙っといてくれよ〗

〖竜胆さんと過ごすから無理。ゴメン〗


「………まことの奴。とうとう浮気し始めたのか? 馬鹿だな。いやそうじゃなくて。このままじゃあ不味い!! あの2人に八つ裂きにされちまう」

「あっ! 次、私の番だから行ってくるね。ダーリン!! なんちゃって!」


「「ダーリン?!」」


 ああ、火に油がどんどん注がれていく。不味い! 不味いぞ! いつの間に試合も半分まで進んでいる。萌萌と九条さんの所はまだ終わっていないが。


「勝って権利を取り返しますわ!」

「そう簡単には負けないよ。愛璃!」


「ワンちゃん。愛璃ちゃん。凄い気迫ね~」

「委員長が挑発ばっかしてるからだろうが……」


 白熱しているな。ベンチに座ってる男女カップルは身体を寄せあって、イチャイチャしてるし。


 いや、そんな事よりも今日、泊まる場所を確保しないといけないんだよ。凪も柊もメチャクチャ俺の方を見ているし。



「………………どうすりゃあ。良いんだ?」

「何がだい?」

「いや。今日、どこに泊まれば良いか悩んでいるんだって」

「じゃあ。ボクの家に来るかい? 家、今、両親居ないからさ」

「マジか? それは助かる! ありがとう」

「うん。決まりだね。じゃあ、早速行こうか。ボクの部屋に。夜も何かして遊ぼうね。士郎君」

「ああ、ありがとう。萌も…え?」

「うん。今夜は楽しもうね。ボクの部屋でさ」

「………へ?」


 こうして今夜は急遽、萌萌の家に泊まる事になったのだった。





 


 

 

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