第8話 幼馴染みの動揺

 小鳥遊さんとの放課後デートも終わり、俺は家に帰宅した。


 そう。これからは俺だけの時間。誰にも邪魔されないゴールデンタイムなのだ!


 ガチャ……

「士郎~! 数学でちょっと分からない所あるから教えて~」

「凪。お前、入る時はノックしろって毎日言ってるだろう?」

「えー、良いじゃん!」

「いや。駄目だろう。色々と……」



 薄い黒色のタンクトップに短パンという春から、夏に変わり始めた季節には過ごし安い格好で現れたのは俺の家のお隣さんにして、幼馴染みの朝比奈 なぎだった。


 何とも肌の露出が多く、本人にその気が無くても。こちらの心拍数を少しばかり上げて来る。


 飛鳥学園の男子生徒が今の凪を見たらどんな反応をするか……想像もしたくないな。


 とにかく隙だらけな格好で俺の部屋に乗り込んで来るなよな。たくっ意識しちまうだろう。


「何が駄目なの? どうせ。士郎の部屋にエロ本なんて一切無いし。スマホにはイヤらしい類いのもの一切入れて無いんだからさ~」

「ああ、それは凪が全て管理、消去してるからだけどな」

「何? 褒めてんの? それとも感謝してる?」

「……いや。男のロマンを処分されて感謝する男がどこにいるんだよ」

「私の目の前にいますけど?」

「いや、全く感謝してませんけど?」


 ……………


 一瞬の謎の間が俺達を支配した。お互い顔は笑っているが、目は笑っていない。何せ俺は処分されて側。凪は俺の至宝の宝を処分した側。相容れる筈がないんだ。


「で? 士郎はさっきから何、読んでたの? エロ本」

「……黙れ。ムッツリ、貴様はさっきの俺との会話で何を自慢気に語っていたんだ? エロ本は貴様の無慈悲な殺処分により、全て処分されたわ」

「あー、そうだったね。忘れてた」


 くっ! コイツー! 今日。俺や小鳥遊さんと色々あったからか、かなり根に持ってるな。


「それで? その本、何?」

「あー、これか? ○けヒロ○○が○○ぎるの最新刊。略してマケ○ンって言うライトノベルだな。妹のりんが、今、ハマってるから兄貴も見ろって言って渡してきたんだ。まぁ、これはマジで面白いわ。ハマる」

「マケイ○? ライトノベル?……どういうお話なの?」

「食いしん坊のヒロインが好きな幼馴染みをN・T・Rされる物語。それを主人公の男の子が……てっ! 凪。何してんだ? 俺の手から手を離せ」


 コ、コイツ。薄着のくせに、俺の身体にいきなり引っ付いて来やがって。

 色々と際どいくせに、何でこんなに激しく動くんだ?

 

「無理……そのマケ○ンって本。私の敵だわ。何? マケ○ンは私の敵。だから。士郎はそれを私に大人しく渡すの!」

「は、離れろ。凪ー! こんな光景。誰かに見られたら、また変な誤解されるだろうが!」

「だったら。それを大人しく私に渡しなさいよぉ!」

「ふざけんな! 今、読んでる最中だろうがぁ!」

「いいから。渡すのぉ。幼馴染みが負ける物語なんて読んじゃ駄目!」


 ええい! 小学生の時じゃないんだぞ。お前はもう高校生なんだ。


 そんな身体で思春期の俺に纏わりつかられた……


キイィ……ガチャッ!


「兄貴~、マケイ○はどこまで読み進めたのかね? さあ、この妹。凛様に読んだ感想を実直に……」


「……」「……」


 一瞬で部屋の空気が凍りついた。


「…兄貴と凪姉がプロレスしてる? んー……ごゆっくり~」


ガチャ……!


「ちょっと待て! 凛。俺の話を聞いてくれ」

「凛ちゃん。違うの! これは士郎が原因なのー!」

 


「ふーん。じゃれ合ってだけねえ……そんな。薄着同士で抱き合ってたと? 流石、現役高校生夫婦」


「抱き合ってねえわ。そして、夫婦でもねえっての」

「士郎と夫婦? いやいや。まだまだ早いって。ねぇ? 士郎」

「良く分からんが。夫婦ではないのは確かだな」

「むっ! えいっ!」

「痛っ、何で叩いた?」

「鈍感にも程があると思っただけ」

「なんだよそれ? たくっ今日はやけに攻撃的な奴だな」


 そんな俺達のやり取りをジーッと妹の凛は見つめている。


「それは兄貴も凪姉、どっちもだと思うけどなあ。まぁ、私の口からは言わないでおこう。本人達の為にもね。(つうか、お互い同士好きなんだから、さっさとどっちか告白して付き合えばいいのにさぁ。何でまだ幼馴染みなんてやってんの? この2人は、アホなの?)」


 何を考えているのか分からないが、失礼な事を考えているのは分かった。



「それじゃあ、士郎。凛ちゃん。マケ○ン全巻借りてくからね」

「よいよい。読み終えたら感想を聞かせたまえよ。凪姉」

「ほいほい~! 了~解」


「結局。あの後……」


(何これ? 面白い!!)


「とか言って。俺が最新刊読み終えたと同時に凛から借りるとは」

「いーじゃん。別に凛ちゃんと私のの仲だし。ねえ?」

「うむうむ。そうだぞ。兄貴、好きな物を語れる同士は1人でも多い方が良いのだよ。ではでは、私は勉強が残ってる故、この辺で去らば~」


 なんて事を言って、凛は自室へと入って行った。


「……途中まで送るか?」

「途中までって、家、隣じゃん」

「いや、そうだが。何か言いたくて俺の部屋に来たんじゃないのかよ? さっきの過剰なスキンシップだって、何か変だったし」

「あー、分かるんだ。へー」


 何、気まずって顔してんだか。たくっ!

俺は玄関にあった適当なサンダルを履くと凪の右手を取った。


「ほら。隣の家だろうと夜道は危険だ。玄関先まで一緒に行ってやるから。行くぞ」

「……うん」



「………」

「………」


 お互いに無言で歩いている。手は繋ぎあっているのに心拍数も上がらない。

 

 そんなの当たり前か。凪と手を繋ぐのなんていつも一緒に居る時は自然にしている事だしな。


「……なぁ」

「んー? 何?」

「結局さ。小鳥遊さんとは疑似カップルで落ち着きそうだわ」

「疑似カップル? 何それ? 士郎と関わってヒーちゃん。お馬鹿になっちゃったの?」

「いや、誰が馬鹿だよ……いちをな。断ろうとしたんだよ。あの告白は間違いだったってさ」

「うん……」

「でも何か凄い断られた。《この間違った告白から始まった。関係は絶対に終わらせない。》って、言われたよ」

「なんか。ヒーちゃんらしいね」


 凪はそう告げると。ニヒッと笑った。


「怒ったりしないのか?」

「んー? 何で?」

「いや、マスドの時はあんなに…いや、何でもない」

「あの時は詳しい事を知らなかったからね。狼狽しちゃった。でも、今は違うよー、色々と吹っ切れたしね。覚悟も決まったかな」

「そうか……」


 その覚悟ってなんなんだ? てっ聞いたら教えてくれるのだろうか。

 いや、本心を余り俺に言いたがらない、凪の事だから絶対に言わないだろうな。


 ────あぁ、本当はその君の覚悟を聞きたい。聞いて、君が俺の事が本当に好きなのか確かめたいよ。凪!


「でも、今は出来ない。出来なくなったよな。あの間違った告白をしたせいで」

「……何か? 言った?」

「いや、何も。ほれ、君の家に着いたぞ」

「ほぼゼロ距離じゃん」

「まあな。それじゃあ、また明日、学校でな。なぎ

 

 俺はそう告げると握っていた凪の右手をスゥーと離した。


「つっ──待って。士郎!」


 そして、凪は俺が離した手を両手で握り返した。


「……どうした?」

「う、ううん……また明日、学校でね」

「ああ、また明日な」


 俺は別れの挨拶を告げると凪が握ってくれた手を、スゥーと解いた。

 そして、そのまま自分の家へと歩き始めた。そして、手を解くのを解かれた凪は、どこか悲しそうな顔をしている。


「あっそうだ。凪」

「へ? な、何? 士郎」

「俺が本当に好きなのはお前だからな。だから小鳥遊さんとの疑似カップル関係が終わったら。俺と付き合ってくれよ。言いたかったのはそれだけだから。じゃあ、また明日な。凪」


 俺はそう告白するとダッシュで自宅の玄関へと逃げたした。


「へ?……はい?……士郎が私の事を……好……き……ふぎゃあ?!」


 バコンッ!


 凪の家の方から何かを叩く音が聴こえてきた。


「このアホ娘。こんな夜遅くまで士郎君家で何を…てっ! アンタ。何、気を失ってんのよ? しっかりしなさい! 凪!!」

「ふぇぇ? 士郎が……何だっけぇぇ?」



 そして、次の日。凪から聞かされた話では、頭が混乱している時に、凪のお母さんに脳天を叩かれたからか前後の記憶を失ったとの事で……


「だから士郎が最後、何を言ってたのか忘れちゃったわ。ごめん」

「ハハハ……そうか。それはドンマイ」

「いや。前後の記憶が飛んだんなら仕方ないさ。俺も何言ってたか忘れちゃったしな……」


 おいおい。嘘だろう?───俺の勇気を振り絞った告白忘れられてんじゃねえかよおお!! ちくしょおお!!


 俺は心の中で静かに悲しみの雄叫びを上げた。

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